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□熱に揺らぐ
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「ったく、先生はホントどっか抜けてんだから」

「ご、ごめんなさい…」



てきぱきと丁寧に巻かれていく包帯。
怒った声とは裏腹に、私に触れる手は殊更優しい。


また大きな悪戯をやらかした聖帝の小悪魔を捕まえようと。
いつもみたく軽やかに逃げる清春君の背中を追いかけていた。
階段の中段まで差し掛かったとき、誰かの声が聞こえたような気がして。
一瞬、気を取られてしまったのがいけなかった。

何かに足を滑らせ、階段を踏み外し。
気付いたときにはもう、世界が反転していた。

次に来る痛みに耐えるように目をキツく瞑った。
だけど予想していた痛みは一向に訪れなくて。
恐る恐る目を開けてみると。
そこは一君の腕の中だった。



『は、一君……!?』

『っと…先生、大丈夫か?』

『う、うん、ありがとう。平……っツ!』



ズキリと、左足首が痛んだ。
踏み外したときにひねったのだろう。
ああもう、ツイてない………。

けれど次の瞬間、そんな思考も一瞬で霧散してしまった。
突然、身体がふわりと浮いて。
しかも間近に一君の端正な顔があるもんだから、心臓が止まるかと思った。
そして静止の声を掛ける間もなく保健室に連れてこられ、今に至るという訳なのだ。



「階段、水で濡れてて危ないぞって言った途端に踏み外すんだもんな…」

「うう……」



あの声は一君のものだったのね…。
どっちにしろ心配かけてることには変わりない。
いつもこうして一君には心配ばかりかけてる気がする。……先生失格よね。

なんてこっそり落ち込んでいたら。



「……心臓、止まるかと思った」

「え……」



ボソリと呟かれた言葉に瞬きをする。

――――もしかして。
怒ってたんじゃなくて、心配しててくれたのかな?
ずっと、怖い顔してたのは。




「………ありがとう、一君」




その気持ちがすごく嬉しくて。
心からお礼を言った。
一君はようやく、少し照れたように笑ってくれた。
良かった。やっぱり一君は笑ってくれていた方が私も嬉しい。

なんて、和んでたら。
いきなり一君が跪いて、私の左足首を手に取った。
驚いて何も言えないでいるうちに、巻いてもらったばかりの包帯の上へそっと口付けられる。


頭が真っ白になるというのは。
きっとこういう時を言うのだろう。
本当に、何も言葉が出て来ない。


そこで一君と目が合って。
ようやく時間が動き出したように、熱という熱が顔中に集まるのを感じる。
それでも口がパクパクと動くだけで音にはならなかった。

一君はニッと笑って。



「おまけ」



なんて言って、もう一度キスを落とした。






end.
 

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