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□神様、どうか今だけは
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俺は一人だった。
いつでも、何処にいても。
周りに誰かがいても、音楽を拠り所としていても孤独だった。
小さい頃は母親に振り向いてほしいと頑張ったときもあった。
けれど抱き締めてもらったことは疎か、高熱が出たときでさえ伸ばした手を振り払われた。

叶わない望みだと知って、次第に独りでいることに慣れていった。


いや、慣れたつもりだった。


俺は独りでもやっていける。誰かを必要となんかしない。
そう自分に必死に言い聞かせて今まで歩いてきた。


だけど本当は、




(―――やっぱり寂しかった)





目を開けると、見慣れた天井が見えた。
薄暗い部屋に、時計の秒針がやけに大きく響く。
ボーッとした頭で、熱を出したことを思い出す。
いくらか眠ったせいか、体は幾分か楽になっていた。

今何時か確かめようと首を微かに動かそうとして、固まった。
ぱさり、と額に乗せられていたタオルが落ちる。
が、そんなことはどうでもよくて。


目の前の光景が信じられなくて、思わず呟いた。



「先、生……?」



1メートルも離れていない至近距離に。
腕を枕に眠っている先生の顔があった。


ああ、そうか。先生が来ていたんだった。
それで偶然あの人とでくわして、それから……泣いてた、な。


俺のために涙を流してくれた。
どんなにきついことを言っても仙道のイタズラを受けても、普段決して泣くことのない先生が。
不思議な感覚だった。
言葉なんかじゃ到底表せられない気持ちというのは、こういうことを言うのか。
そう思った。

もう帰ったとばかり思っていたのに。
短針は既に12時を回っている。
しかも11月の肌寒いこの季節に毛布もかけずに寝たら風邪を引くのは先生だ。
大人のくせにやはりこの人はどこか抜けている。

何て思っていても、やっぱり胸を満たすのはどうしようもない喜びで。
身体を起こし、しばらくの間先生の寝顔を見つめていた。
穏やかな寝顔を起こすのが忍びなくて、代わりにベッドサイドに置いてあった俺の上着をかける。

ただ単に俺が先生の寝顔を見ていたいだけかもしれない。
でも今はそんなことどっちでもよかった。


目が覚めて隣に誰かが居る。
他の誰でもない、この人が。


それが一層胸を締め付けた。
理由なんて知らない、分からない。
見つからないのに。


先生の右手にそっと触れてみる。起きる気配はない。
白くて小さい、俺とは全く違う手。
この手で俺を暗闇から引き上げて人の暖かさを教えてくれた。
君は独りなんかじゃないと力強く諭して、いつだって傍にいてくれた。


次から次へと込み上げる感情を処理しきれなくて。
胸が潰れそうに痛む。

誰かを想ってこんなにも胸が苦しくなるなんて、初めてだった。
そんな感情があることさえ知らなかった。




「瞬、く……」




不意に呼ばれた名前に。
涙が一筋頬を伝った。

箍を切ったかのように溢れ出す涙。
泣いたのなんかいつぐらいぶりだろう。
何でかなんて分からない。
でも箍が壊れたように止まらなくて。
ポタリポタリと、雫がシーツに染みを作っていく。


熱で涙腺が弱っているせいだと言い聞かせて。
先生の手を少しだけ力を込めて両手で握り締めた。



神様、どうか今だけは。


この人の前で泣くことを許して下さい。






end.
 

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