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□愛し君へ
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「悠里、今何か欲しいものはないか」

「は?」



帰宅早々、“お帰り”も無しにこの言葉。
しかも何でか鬼気迫る形相で聞いてくるものだから。
思わず一歩後退ると、その分距離を詰められて肩を掴まれた。



「何が欲しい。何でもいいぞ」

「ちょっ、翼君?」

「ブランドのbagでもjewelryでもclothesでも。何なら店ごと買ってもいい」

「一体どうしたの」



変だ、様子が。
最近はそんなこと滅多に言い出さなかったのに。
何で急に変なことを言い出すの、まるで昔の翼君みたいに。
これは絶対何かあったと、聖帝学園で培った直感が働く。



「悠里、言ってみろ。お前の望みは全て叶えてやる」

「いらないわ。ねえ、翼君何かあったの?」

「物が嫌なら食事か?それとも旅行か?」

「だから……」

「どれも最高級のものを用意する。そうだ、南の島だって…」

「翼君!!」



少し背伸びし、頬を両手で挟んで強引にこちらを向かせると。
翼君はようやく口を止め、ばつが悪そうに視線を反らした。
それは彼も馬鹿なことを言っていると本当は理解している、何よりの証拠。
じっと翼君を見つめて、優しくまた同じことを問いかける。



「翼君、何かあったの?」

「……別に、何もない」

「嘘。じゃあどうして急にそんなこと言い出したの」

「………」



やっとかち合った紅い瞳は不安げに揺れていた。
少しの間を置いた後、翼君は瞼を伏せ、観念したように一つ溜め息を吐いて。
そして私の手に自分の手をそっと重ねた。



「……今日、所用で聖帝の近くまで行った」

「え、そうなの?」



寄ってくれれば良かったのに、なんて言葉が喉まで出掛かって慌てて飲み込んだ。
自分的には嬉しいけれども、いつの日かの生徒からの質問攻め、更にその後の多大な疲労感を考えると容易にそんなことは口に出来ない。
だから黙って続きを促す。



「そしたら悠里とオッサンが並んでその通りを歩いているのを見掛けた」

「え?………あ!違うのよ?アレは別にデートとかそういうんじゃなくて……」

「分かっている。大方文化祭の買い出しか何かだろう」



オッサンの方は段ボールを抱えていたしな、と付け加える翼君に私は内心驚く。
あの流れでいくと、てっきり葛城先生とのことを誤解されたから様子が変だったんだと思ったのだ。
翼君は意外とヤキモチ焼きで、すぐに拗ねてしまうところがあるから(そんなところが可愛いなんて、彼には言えないけれど)


それじゃあ、一体どうして?


私が怪訝そうに見上げていたことに気付いたらしい彼はもう一度小さく溜め息を吐き、コツンと額がぶつかる。
至近距離で恐ろしいほど端正な顔を直視し、今更ながらに顔が赤らむ。
でもそれは仕方のない。
だって何年付き合ったって翼君の綺麗な顔に慣れることなどきっと出来ないもの。



「下心見え見えなオッサンにガツンと言ってやろうと車を降りたんだ」

「え?でも……」

「――――だけどそこに割り込んで行くことが出来なかった」



翼君の予想外のセリフに一瞬何も言葉が浮かばず、数度瞬きを繰り返す。
いくつもの疑問符が頭の中を駆け巡り、口を開こうとしたら、何でかすごく辛そうな顔をした翼君が瞳に飛び込んできて。
結局それはなんの音にもならずに喉の奥へと消えた。
抱き締めてあげたい、と思ったけれど重ねられた手を離すのはどうにも憚られた。



「悠里とオッサンが楽しそうに話しているのを見て、不覚にも“似合っている”と思ってしまった」

「な……」

「分かっている。悠里の気持ちを疑ったんじゃない」



そうじゃなくて。


いつの間にか引き込まれた彼の腕の中で聞いた声は。
まるで何かに堪えるような、焦燥じみた響きを伴っていた。



「俺はオッサンよりも顔がいいし金も地位もある。努力して頭脳も補った。もはや全てにおいてperfectだ」

「う、うん?」

「……だがそんな俺にも、どうしようのないことだってある」

「え…」

「―――年の差だけは、いくら金を積んでも努力しても、……どうにもならない」



背中に回された腕の、痛いくらいの力に思わず眉をしかめる。
だけど翼君の方がずっと痛そうに見えたから、黙って背中に手を回した。



「お前の気持ちを疑うんじゃない、ただ」



怖いんだ、どうにもならないその年の差が。

もしいつか悠里に惹かれる年上の男が現れたとき、俺はどうやって引き止めたらいい?

悠里は金で動くようなヤツではないのは知っているが、金以外の術を俺は知らない。

どうしたらお前をずっと俺の傍に引き止めておける?



「どうすればいい?……頼む、教えてくれ悠里」



痛いくらいに込められていた力は徐々に緩まり、気付けばまるで壊れ物を扱うかのように抱き締められていた。
声も肩も、微かに震えている。
私よりも大きな身体で、いつも自信満々で偉そうなのに。
今は何だか子供みたいだ。

ああもう、馬鹿だなぁ翼君は。
今更翼君以外の男性になんて、惹かれるはずないのに。



「だから急に変なこと言い出したのね」

「……Sorry」

「いいわ。そういうことなら許してあげる」

「悠里…」



ギュッとその大きな身体を抱き締めて、そっと目を閉じる。
一定のリズムを刻む心臓の音がとても気持ちいい。
今私が想ってること、こうするだけで彼に伝わればいいのに。
こんなに貴方のこと愛してるんだよって、伝われば。



「……私はね、たとえ翼君がお金持ちじゃなくたって、社長の息子じゃなくたって好きよ」

「悠、里」

「私だって時々、翼君にお似合いのもっと若くて可愛い子が現れるんじゃないかって、不安に思うこともあるの」

「そんなこと……!」

「うん、馬鹿だなあって思う」

「………」

「恋愛って楽しいことばかりじゃないもの。好きだからこそ不安になったり、怖くなったりする」

「……そうだな」

「だから、不安になったならちゃんと言って。何度だって伝えるから」

「悠……」

「……翼君が翼君である限り、私は翼君を愛してる。絶対に離れたりしないわ」



いつもなら恥ずかしがって言えないようなセリフが、今日はスラスラ言える。
だって全部本当のことだもの。
それに翼君にそんな悲しそうな顔、してほしくない。




「……俺も悠里のことを愛してる。絶対に離すものか」




ああ、やっと笑ってくれた。
やっぱりその方がずっといい。


不安は恋愛につきもので。
それはどうしようもないことだから。
何度でも君に伝えるよ。
明日も明後日も何年先もずっと君と一緒に居られるように。





end.
 

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