request

□流れ星に願うこと
1ページ/1ページ


群青色の空に瞬く星々。
すっかり日が落ちるのが早くなった十二月の末。
雪が降ってもおかしくないような寒さの中。
俺と先生は時折会話を交じえながら、帰り道を歩いていた。
補習後に俺が先生を送るということが最早習慣と化していて。
最初のうちは悪いから、とかなんとか言って渋っていた先生もどうにか慣れたらしい。
まだ偶に何か言いたそうにしていることはあるけど、全部気付かないふりをした。

隣で身を縮こめている先生がいつも以上小さく見えて。
可愛いなあと喉の奥で笑ったらどうやら聞こえてしまったらしく。
勘違いしたのかジトリと上目遣いで睨み付けられた。


ダメだって、先生。
全然怖くねぇーし、むしろ逆効果。襲いたくなるだろ。



「年寄りみたいだって思ったんでしょ」

「思ってねーよ」

「嘘、顔笑ってたもの!」

「だからそれは…」



可愛いなって思ったんだよ。


喉まで出かかった台詞のあまりのキザさにソレを飲み込んで。
それは?と続きを求める先生の瞳に曖昧に笑った。
しばらく続いたにらめっこ。
俺の様子に諦めたのか、先生は息を吐いて視線をついと反らした。



「言っておくけど、女性の方が男性より寒がりなんだから」

「へぇ、何で?」

「それはね、筋肉っていうのは……」



先程までとは打って変わって“教師”の顔。
いつもは本当に年上なのかと疑いたくなるぐらい子供っぽい仕草をするくせに。
いざとなると信じられないほど強い一面を見せる先生。
俺を暗闇から救ってくれたのは何よりもその先生の強さだった。

胸がじんわりと暖かくなる幸せを噛み締めて。
緩む口元を誤魔化すように見上げた夜空に見つけたものは。



「…あ、流れ星」


「え?どこどこ?」



俺の声につられて空を見上げた先生にあの辺、と指す。
しばらく見つめていたが、星が動く気配はない。
残念、と微笑む先生に夜空を見上げたまま尋ねた。



「なあ、先生」

「ん?」

「流れ星って3回回ってワンッて言えば願い事が叶うんだろ?」

「……3回は合ってるんだけどね…」

「あれ、違ったか」

「流れ星が流れきる前に3回願い事を言えば叶う、て言うのが定説かな」

「それって結構難しくね?」

「そうね。だから願い事が叶うって言われているんじゃないかしら」

「なーんだ……」

「何か叶えたいことでもあるの?」



視線を下らせると、キラキラと興味津々に輝くおおきな瞳とかち合って。
気まずさから今度は俺の方が視線を反らした。



『先生が俺のことを好きになってくれますように』



それが咄嗟に浮かんだ願い事。
我ながら何とも青臭い。
けれども紛れもなく心底望んでいる願い事。


“生徒”としてなら、間違いなく好かれていると思う。
だけど俺が欲しいものはそんな慈愛に満ちたものじゃない。
“異性”として、一人の男として好きになってほしい。
俺が毎日アンタで頭がいっぱいなように、アンタも毎日俺のことでいっぱいになればいい。
そんなガキくさいことを、いつだって心から望んでる。

本気でそう願おうかとも一瞬考えたが、結局止めた。

滅多に願い事を叶えてくれそうにない流れ星に想いを託すほど俺は馬鹿でも諦めてもいない。
自分の手で振り向かせて、必ず手に入れてやるさ。
だから今、流れ星に願うのはそんなことじゃない。



「……あるよ、願い事」

「え、なに?」

「それは………」



口を開きかけたその瞬間、まるで遮るかのように真上で星が流れた。
俺も先生もただジッと空を見上げて、どちらともなく笑った。



「見えたね、流れ星」

「そうだな」

「お願い事、した?」



少し意地悪く笑った先生に笑い返して。
夜空に思いっきり叫んだ。



「先生の冷え性が治りますように――――――!!!!」

「ちょっ…もう!」

「ハハハッ」



拳を振り上げて怒る先生を難なくかわして笑えば。
先生も仕方ないんだから、と言って優しく微笑んだ。

そうしてさっき言いかけた言葉を、そっと心の中で呟く。




『先生がいつまでも幸せそうに笑っていてくれますように』




それだけを、今は願うから。







end.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ