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□落とし物戦線
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「あれ?」



愛用の万年筆が胸のポケットにない。
いつも使い終わったら必ずここに閉まっておくのに。
おかしいなあ、とスーツについている全てポケットを探ってみるが、やっぱりない。
自分の机の上もテキストの間も一通り調べてみたけど、一向に見つからない。
もしかして移動の最中、何処に落としてしまったのだろうか。
そう考えて青くなる。

祖父が大学の入学祝いに買ってくれた万年筆。
絶対に無くしたりなんかしちゃいけない大切な物なのに。
とにかくもう一度デスクを確認してみて、無かったら教室に探しに行こう。
そう思い、やや乱暴気味にプリントやらテキストやらをひっくり返していると。



「南先生、どうしたの?何か探し物?」



まるで天の助けの如く、真田先生の明るい声が降って来た。
ついつい促されるまま事情を話してしまう。



「なるほど…つまり万年筆落としちゃったんだ」

「はい、おそらく……」



しょんぼりと肩を落とす悠里に真田は励ますように笑う。



「大丈夫だよ、南先生。きっと見つかるって!俺も手伝うからさ」

「えっ、宜しいんですか?」

「うん、勿論!南先生一人残してなんか帰れないよ」

「真田先生……ありがとうございます!何てお礼を言えばいいか…」

「いいって、お礼なんか。あ、でも……」

「?」

「……その、さ。南先生、今週の日曜…とか、空いてたり、する?」

「? はい、多分」

「ぐ、偶然寄席のチケットがあってさ!!その、良かったら一緒に……っ」

「おやおや。南先生、落とし物しちゃったんですか」

「しかもいつも先生が大切に使っていた万年筆だってね」

「子猫ちゅあん、可哀想〜〜」

「仕方ねぇな。俺達も探すの手伝ってやるよ」

「人数はあるに越したことはありませんからね」

「せ、先生方……?」



まるで盗み聞きでもしていたかのような(事実していた)タイミングの良さで話に切り込む恋敵計5名。
しかも話を落とし物捜索に戻しつつ有無を言わせない流れまで完璧な連携プレー。

呆然とする真田に衣笠が天使のような、しかし何やら黒いものを含んだ笑みを浮かべる。



「真田君?抜け駆けは駄目ですよ〜〜?」

「うぅ…ッ」



こうして真田のどさくさ紛れのデートお誘い作戦は一瞬にして脆くも崩れ去り。
何故か流れで職員室に残る全職員が自分の個人的な落とし物探しに加わることが決まり、悠里は当然焦った。



「あ、あの先生方…!そこまでして頂かなくても……っ」

「いいんだよ、南先生。遠慮なんかしなくても」

「そうですよ、気にしないで下さい」

「そうそう。俺達が勝手にしてるだけだからな」

「南ちゅあんからチューの一つも貰えれば、銀次頑張れちゃ……ンゴフッ!」

「ったく、この野獣が……!」

「ま、まあそういう訳だからさ、一緒に探そう?南先生」


「先生方……ありがとうございます」



真田たちの優しさに触れ、悠里は思わず涙ぐみそうなり。
慌ててそれを手の甲で拭い、感謝を込めて微笑む。
喩え実のところそれが悠里への点数稼ぎであったり、他のライバル達への牽制であったり、いかに他者を出し抜くかとそれぞれの思惑が飛び交いまくった結果だとしても、裏を知らなければ瞳に映るのは只の善行なのである。
少なくとも、悠里にとっては。


………しかし、彼女に好意を寄せるのは何も教師ばかりではない。
寧ろ聖帝の美形教師軍団が最も厄介としている恋敵。
B6が、こんなにも美味しい点数稼ぎを逃すハズもなく……

各々探す場所を決め、早速今から取り掛かろうとした正にその瞬間。



「聞いたぞ担任!」

「大事なモンなくしちまったんだって?」

「全く…相変わらずドジだな、先生は」

「センセ、ポペラかわいそう!一緒に探してあげるよ〜」

「キシシッ、何かゴホービがあンだろうなァ」

「………ん」

「トゲーッ!」



豪快な音を立てて扉が開き、B6が入って来たのだ。
しかも何故か全員事態を把握済みの状態で。
当然ながら悠里は目を丸くして驚いた。
逆にT6の一部のメンバーからは小さな舌打ちが洩れる。



「へっ!?な、何でみんなが此処に?ていうかどうしてそのこと知って…」

「Best easy!真壁財閥の力を使えばinformationなどすぐに耳に届く」

「ねこにゃんが先生が困ってるぞ〜って教えてくれてさ」

「偶然ここを通りかかってな」

「ゴロちゃん、センセのことならポペラン知ってるよぉ☆」

「俺様がァ、こんな面白そーなの聞き逃すハズねーダロッ」

「………トゲーが、教えてくれた…」

「クケッ?」


「…え、えぇ??そ、そうなの……?」



まさかそんなワケがない。
真相は悠里をB6代理で呼びに来た永田が盗み聞き、それがB6に伝わった、というのが正しい。
そしてこのチャンスを逃すまいと、目を光らせて我先に職員室へとやって来たのだ。
「しかしもう下校時間を過ぎているしね」

「生徒はとっくに帰宅する筈の時間ですが」

「あんまり遅くなると親御さんが心配しますよ〜?」

「南の落とし物は俺達が責任もって、ちゃーんと探してやっからよ」

「そうだよ、俺達がいるんだし帰った方がいいって!」

「ガキ共はけーれけーれ!ペペペッ」



そうはさせまいと、教師の仮面を付けたT6が立ちはだかる。
最もらしいセリフと共に(一部を除く)

が、そんなことにあのB6が動じるハズがない。



「What?何故俺たちが帰らねばならん」

「そうだぜ、先生たちがわざわざ残ってくことないだろ」

「俺は一人暮らしだ、遅くなろうと構わん」

「センセたちこそ帰んなよ〜!ゴロちゃんたちがパラッペ見つけちゃうからさ〜☆」

「キシシッ、オレ様がンな簡単に引き下がるとデモ思ってンのかァ?」

「………下心、見え見え」

「クッケー!」



バチバチと目に見えない白い火花が飛び散る。
両者共に一歩も引く気はない。



(な、なに!?この異様な雰囲気は一体何なの〜〜!?)



悠里は訳が分からず、ただオロオロとするばかり。
この状況になった原因をサッパリ理解していなかった。
睨み合ったまま硬直状態。
これでは埒が明かないと判断した衣笠は口を開いた。
天使の微笑を浮かべて。



「……それでは、早い者勝ち、ということにしましょうか?」

「「「「「「?」」」」」



その場にいた者みなが?マークを浮かべて衣笠を見る。
衣笠は分かりやすい言葉を付け足した。



「南先生の落とし物を皆さんで探すんです。そして一番最初に見つけられた人が―――


ご褒美として次の日曜日、南先生と一日過ごせるというのはどうでしょう?」

「「「「「!!!!」」」」」

「ッちょ!?」



衣笠の言葉に野郎共の目が瞬時に光る。
逆に予想だにしなかった言葉に仰天したのは悠里だ。
一体いつからそんな話に!?と慌てて取り消そうとするが……



「ちょ、ちょっと待って下さいそんなこと聞いてな……!」

「よぉおぉぉっし!!銀ちゃん頑張っちゃうもんねーー!!」

「それは私も気合いを入れて探さないとね」

「ったく、骨が折れそうだぜ」

「ふふ、皆さんズルはなしですよ〜?」

「全く、仕方のない人達ですね……」

「みみみ、南先生!俺、頑張って探すからね!!」

「真壁財閥にかかれば見つからんものなど存在しない!ハーッハッハッハ!!」

「先生、絶対俺が見つけて来てやるからな!」

「待ってろ先生、落とし物を探すのは得意なんだ」

「ゴロちゃんが見つけて来ちゃうからねっ☆そしたら日曜はセンセとデートだぁ〜」

「ニチヨーを楽しみにしとくンだなァ?キシシシッ」

「………センセ、すぐに、戻ってくるから…」



それぞれ思い思いの言葉を残して12人は一斉に職員室から飛び出して行った。
その文句を言う隙を与えない展開の速さに悠里は暫し呆然と扉を見つめていた。
けれど自分の身がいつの間にか商品となってしまったことに気付き、思わず叫んだ。




「どうしてこうなっちゃったのよ〜〜!!!?」




さあ、悠里との一日を賭けた勝負は始まったばかり。
誰に軍配が上がるのかは――…



神のみぞ、知る。






end.
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