SRX-log

□メロディーレイン
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……また、やってしまった。



思わず吐き出した溜め息に情けなさは更に積もるばかりで。
抱えた書類の重さが増したように感じる。


つい先ほど。

重要な書類を優先順位の高いものから片付けていたら、いつの間にか朝日窓から零れていて。
何とか終わらせた紙の束をフラフラになりながら長官室へと運んでいた時。
立ちくらみで足元がぐらつき、見事に大量の書類を床一面にぶちまけてしまった。

しかも偶然にもタクトくんがそこに居合わせていて。



『全く、もっとしっかりしてほしいものだな。そんな状態で敵襲があったらどうするつもりだ』



拾うのを手伝いながらも吐かれた言葉は、全くもってその通りだったから。
わたしは小さくなって謝ることしか出来なかった。

しかもこういった失敗はこれが初めてじゃない。

むしろ最近、増えつつある。
目眩や貧血の数も比例して増えている気がする。




(……しっかりしなきゃ)




もしこれが、戦闘場面だったら。
指揮の途中だったら。

想像して背筋が寒くなる。


疲労。睡眠不足。
そんなものは言い訳にならない、敵は待ってなんかくれないのだから。


みんなの命を預かっているのは、わたし。


それは絶対に忘れちゃいけないこと。
だからこんなことでみんなに迷惑をかけられないし、かけちゃいけない。

もっともっと頑張らなきゃ。



「よしっ、じゃあ気合いを入れて残りの書類を……」

「ティーチャー」



片付けるぞ、と続けようとしたところに後ろから掛けられた声。
振り向かなくてもそれが誰か分かる。
だってこんな風に私を呼ぶ人なんて、一人しかいないもの。



「カズキくん」



ゆっくりと振り返ると、そこにはやっぱり予想通り彼が立っていた。



「どうしたの?」

「ちょっとね、ティーチャーを捜してたんだ」

「わたしを?」



何か用事でもあるのかと、カズキくんの瞳を見つめ返すと。
彼はニコリと笑った。



「ティーチャーの時間はナウに空いてるかい?」

「わたし?えぇと、まだちょっと片付けなきゃいけない書類が……」

「グッドタイミング!空いてるみたいだね!」

「えぇ!?だから仕事が残って…っ」

「よし、じゃあ早速ゴーしようか」

「話を聞いてよ〜〜!」



そうしてズルズルと引っ張られながらも着いた先は。
やっぱりというか、何と言うか……練習室だった。
促されるままソファーに腰を下ろし、よく分からないままカズキくんの動向を見守っていると。

彼はキーボードの前に立ち、ようやくわたしに顔を向けてくれた。



「無理にゴーしちゃってソーリー、ティーチャー」

「ううん、でも…一体どうしたの?」



カズキくんは確かに変な言動が多いけど、自分勝手に話を進める人じゃない。
だから多分、わたしを此処に連れて来た意味がちゃんとあるはず。
その真意を確かめるようにそう尋ねてみれば。

カズキくんはそれに応えるように、キーボードの鍵盤を一つ鳴らした。



「実はミーのニューソングがついさっき完成したんだ」

「へぇ、そうなんだ」

「だから、ティーチャーに一番にリッスンしてほしくてね」

「なんだ……それなら最初からそう言ってくれれば良かったのに」



カズキくんは笑みを浮かべたままキーボードに視線を落とし。

静かに鍵盤を叩き始めた。



(…………わぁ)



部屋中が彼の奏でる音楽に包まれる。


優しくて、暖かくて、透き通ったメロディー。


水を注がれるみたいに、心が満たされていく。
ゆっくりとゆっくりと、染み込んでいく。


いつの間にかわたしは、目を閉じてその音楽に聞き惚れていた。

ポーン、と終わりを告げる音が余韻を保ちながら響く。
それを合図に目を開け、力一杯拍手を贈った。



「すごいよカズキくん!とっても良かった!」

「サンキュー、嬉しいよティーチャー」



「バッドでも、歌詞はまだ出来てないんだけどね」と付け加えて。
キーボードから離れ、カズキくんはわたしの隣に腰を下ろした。



「タクトはさ、ベリー素直じゃないんだ」

「え?」

「ティーチャーを心配してるくせに、照れ屋なシャイボーイだからね」

「……カズキくん、もしかして…」



さっきのこと、見てたの?


そう言葉にする前に、彼は緩く口元を上げた。
眼鏡のレンズ越しに見える瞳は、とても優しい色をしている。



「『ちゃんと休め』ってそう一言、セイすればいいだけなのにね?」

「カズキくん…」

「オフコース、勿論ミーもそう思ってる」



優しい優しい声で、彼は続ける。



「アキラがどれだけ頑張ってくれてるか、ちゃんと知ってるよ」

「、でも……」

「もっとミーたちを頼ってほしいな」



その優しさに、言葉に。
つい泣きそうになってしまった。

強引に私を此処に連れて来たのも、こうして新曲を聞かせてくれたのも。

きっとわたしを元気付けようとしてくれたから。
励まそうとしてくれたから。


一人で頑張らなくていいんだよと、カズキくんの想いが痛いほど伝わってきた。


教官として、結局慰められてばかりの自分が少し情けなくもあったけど。
やっぱりそれ以上に嬉しくて仕方なくて。




「………ありがとう」





強がりでも何でもなく、明日も頑張ろうって。
心の底からそう思えた。





(大丈夫、だってわたしは独りじゃない)




 

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