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□ブルーの焦燥
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それは肌寒い、ある日の放課後。
補習に向かうため廊下を歩いていたら。
不意に後ろから呼び止められた。



「あの…っ、斑目君!」



ゆっくりと振り返るとそこには違うクラスの女子生徒が立っていた。
顔を真っ赤に染めて、もじもじと手を動かして落ち着かない様子から用件はなんとなく察しがつく。
さっさとその場から立ち去りたい気持ちを抑えて無言でその子を見つめていると。
意を決したのか、女生徒は小さなメモ用紙を僕に向かって差し出した。



「こ、これ…!あたしの携帯の連絡先が書いてあるの……っ」



俯いた顔は耳まで真っ赤で。
メモを持つ両手は微かに震えている。
精一杯の勇気を振り絞っているだろうことは推測できる。

だけど僕の心には何も響かない。
何も感じない、何も思わない。
僕はやっぱり冷たい人間なのだ。




「…………受け取れない」



緩く頭を横に振る。
しばらくの沈黙の後、その子はそっか、と小さく呟いた。



「ごめんね、……ありがとう」



無理して作っただろう笑顔を貼り付け、その子はパタパタと廊下の角に消えた。
最後の『ありがとう』とはどういう意味なんだろう。
素っ気ない言葉だけで、一みたいに気を遣ったわけでも何でもないのに。
そんなことを考えていたら、トゲーが心配そうに僕を見上げて声を掛けてきたから。
大丈夫、と囁いて後ろを振り向く。
去っていった今の子を追おうとかそんなんじゃ勿論ない。



「……先生、もう出てきていいよ」

「!」



そう廊下の曲がり角に向かって声を掛けると、所在なさげに先生が顔を覗かせた。
分からないと思ってたでしょう?
でも残念、貴女の気配が僕に分からない筈ないんだよ。
先生が僕の隣まで来るのを待って、並んで歩き出す。



「ご、ごめんね、盗み聞きするつもりじゃなかったの」

「……うん、分かってる」



だろうな、と思ってた。
嘘がつけないこの人のことだ、補習へ向かう途中で偶然あの場面に遭遇してしまったんだろう。
だから別に怒ってないし、特に気にしてもいない。
寧ろ先生があれを見てどう思ったのかの方が、気になってたりもする。



「………先生」

「なぁに?」



『今の、どう思った?』

そう聞こうと思ったけど。
答えが簡単に予測できそうでやっぱり止めた。
先生の返答が僕の期待するものであることは、おそらく1%くらいの確率だから。
だけど呼んでしまった以上は何か話さなければいけない。
適当な話題を探していると、隣で先生が何気ないことのように笑った。



「やっぱり瑞希君はモテるのね」

「………そんなことない」



ああ、やっぱり。
先生にとっては、その程度のこと。
気にする出来事にもならないのだ。
分かっていたけど……それでも気分が落ち込んでしまうのはしょうがない。
そんな僕の気持ちも知らず、先生は強く言い切った。



「全然あるわよ!だって瑞希君は格好いいし、それにすごく優しいもの!」

「……優しい?」



優しいって、僕が?
予想外の言葉に目を瞬かせる。
それが表情に出ていたのだろうか、先生はにこりと笑った。



「ええ、とても優しいわ」

「……どこ、が?」



さっきだって冷たく告白を断ったのに。
それを先生だって見てた筈なのに。

こんな僕の、何処が。



「だって瑞希君、ちゃんとあの子の話を聞いてあげたじゃない」

「………」

「それから、ちゃんと断ったわ」

「……それが、『優しい』の?」



よく分からなくて、そう問いかけると。
先生は柔らかい笑顔で肯定した。



「瑞希君はあの子の気持ちを受け止めて、自分の答えで返したでしょう?」

「………でも、」

「自分への想いにきちんと向き合っている瑞希君は、とても優しいわ」



先生、それは違う。
そんな風に考えられる貴女の方がよっぽど優しい人間なんだよ。
そして僕は、その優しさに甘えてる。
それを誰よりも独り占めしたがってる。

だけど言葉にするのは苦手で。
言葉にすることで今の居心地のいい関係を壊してしまうことも嫌で。
逃げてるだけなんだ。
そう考えれば、あの女の子の方が僕よりずっと勇気があるのだろう。



「………先生の方が、優しいよ」

「ええ?そんなこと無いわ」

「僕、も……」

「え?」



僕も勇気を出せるだろうか。
貴女に想いを告げられるだろうか。
終わりはもうすぐやってくる。
残された時間は、あと僅か。




(そのときはちゃんと、伝えるから)




だからもう少しだけ、このままで。






end.

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