02/16の日記

15:14
落乱(異界の紫苑)小ネタ
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久しぶりに異界の紫苑
図書室にて








初めは本が好きなのかと思った。
不破雷蔵はひたすら本を読み漁る異界の紫苑を見る。
彼の目元には、うっすら隈があった。
それでもずっと探している。
何を探しているかは周知の事だが、皆ほら話だと信じていない。
それはそうだろう。異世界から来たなど誰が信じるものだろう。
かくゆう雷蔵も信じてはいなかった。
だけど彼は懸命に、探している。
ゆっくり衰弱しながら、必死に。
そんな姿が異様に見え、雷蔵は今まで図書委員としてのことで以外、紫苑と話した事がなかった。

「……」

時刻は図書室を閉める頃合い。
雷蔵は溜め息一つ吐き、貸出し表を整えてから紫苑ひ近づいた。

「異界の君。えと、図書室閉めるよー。借りたい本へあるかい?」
「……お願いします」

恐ろしいほどゆっくりと、顔に陰を落としながら紫苑が本を数冊雷蔵に差し出す。
そして読み終えたらしい本をもとへ戻していく。
貸出しの手続きをする本は妖、怪談、陰陽など。

異界の存在などない。死後の世界すらあるかもわからないのだ。
こんなことをしていたって、手掛かりなどないだろうに。

「……」

だが、それはきっと紫苑も気付いているのだろう。

「ねぇ、異界の」

雷蔵は彼を呼んだが、紫苑は変わらず本を片付けている。
雷蔵はそれに構わず聞こえる声で尋ねた。

「お前はこの世界じゃ生きられないのかい?」

ぴくり。
紫苑の手が止まる。
雷蔵はそれをいいことに手を進めつつ問う。

「僕はこの世界でも十分やっていけるように見えるけど。それでもだめなのかい?」
「……」
「お前ほどの奴なら、どこででもやっていけるだろ。そんな隈つくってるより、ここでの生き方身につけたほうが良くないか?」

ずっと言うか迷っていた言葉が瓦解したようにするする口からでる。
いつもこうなら良かったのにと思いながら紫苑を盗み見た。

「…――っ、」

紫苑は、恐ろしいほどの無表情だった。
もしかして地雷を踏んだものかと、雷蔵はおおいに焦った。

「え、と、だからね?異界のはもう少し現実見たほうが…」
「約束が、あるんです」
「へ?」

なんとかフォロー入れる前に、紫苑が口を開いた。
と、同時に紫苑の手が動き、雷蔵の手が止まる。
紫苑は無表情なままだ。

「二人でなら、どんな事起きても大丈夫なんです。だから」

誰の事を言っているのか、雷蔵にはわからない。
紫苑の目は、鈍く、くらい。

「隣に、帰りたい、んです」
「異界の――」

「兄さんの傍でなら、俺だって、生きてていいんです。俺でも――」

言葉が途切れ、ぐらり、紫苑の身体が傾いた。

「異界の!」

どさり。
床に崩れたのは紫苑と、二冊の本。
急いで傍に駆け寄ると、嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔を掠める。
これは、同室の変装名人がよく使う白粉の匂いだった。

「まさか、」

紫苑のうっすら隈のある目元を擦る。
ぼろり、ぼろり。
粉が剥げる。
その下は、酷い隈になっていた。

「うわっ、ほ、保健室!」

二つ下の後輩を抱える。
まだ軽いその身体。
限界なんて、とっくの昔に、越えていたんだろう。

「馬鹿じゃないか!」

その姿が同室の人間と重なり、酷い焦燥に駆られる。

馬鹿だと思ったのは、紫苑か。それとも―――

「保健委員いますか!?」

自分か。









「ねぇ紫苑?僕言ったよね?睡眠の大切さを3刻ぐらいかけて説明したことあるよね?どうしてこうなったのかなぁ?」
「……趣味に没頭してました」
「はいダウト」

伊作は濡らした手拭いを紫苑の額に叩きつけた。
地味に痛かった。

「あ、異界の、気がついたんですか」

くどくどと説教が続けられる中、一人入室してきた。
不破雷蔵だった。

「ああ、雷蔵。この通りね。罰も加えて3日は安静にさせるけど大丈夫だよ。紫苑、雷蔵にお礼言いなさい。倒れた君を運んだの彼だから」
「そんな、別にいいですよ」

人の良さそうに笑う雷蔵に紫苑は内心後悔しながら頭を下げる。

「……御手数おかけして申し訳ありませんでした」
「いいよいいよ。しっかり休んでね」

まるでふわっと効果音のつきそうな笑顔に力が抜ける。
そしてある事を思い出した。

「あ、の、不破先輩。借りた本は今どこに」

言葉を言い切る前に二方向から頭に拳が飛んできた。

「お前なんでここにいるか解ってるの?目の前で倒れられた身になってくれる?」
「安静っていったよね?人の話聞いてたのねぇ紫苑?薬盛ろうか?」

にこにこにこ。
笑っているのに笑っていない。
二人の背後から黒いオーラのようなものが見え紫苑の背に冷や汗が伝った。
怒鳴られるよりも、怖い。

「……別に、関係ない、でしょう」

目を反らすと、ぴきっ、と空気が凍ったような感じがした。
手拭いを取り、上半身を起こす。
紫苑は畳み掛けるように続けた。

「余計なお世話です。何が目的かよくわかりませんが、迷惑です。次はありません。とっとといなくなりますので、放って置いてくださ、ぁッ!?」

背中と頭を打った衝撃に、鋭い息を吐く。
肩に食い込んだ指と、顔にかかる癖ッ毛の擽ったさ、怒りを含んでいる雷蔵の顔に、自分は押し倒されたことを知った。
恐らく馬鹿だ、とかなんだその態度は、とか言われるのだろう。
本当、迷惑。
醒めたような感覚に紫苑は自身の温度が下がっていくような気がした。

「、なん」
「生きてるんだよ」
「……は?」

ひどく真面目な表情で、雷蔵から放たれた言葉に紫苑は訳がわからなくなった。

「郷に入れば郷に従え。前の場所は知らないけど、お前は今、此処で生きてるんだよ」

それはそうだろう。
だから、帰りたいのだ。帰る方法を探しているのだ。
何を当たり前の事を言っているのか、意味不明だ。
不破雷蔵という人間が心底わからなくなる。
だが、この瞳は、酷く胸がざわつく。

「お前が寝てる時、潮江先輩が心配してた。体育委員会は総出で見舞いに来てたよ。枕元に色々置いていってる。富松は死ぬなって泣いてた。保険委員は看病とおまじないしてた」
「……だから、なんですか」
「一人の約束の為に生きれるなら、此処でも生きていけるよ。僕達が、此処で生きる理由になるよ」

頭が痛くなる。
理由なんていらない。あの人の傍で、俺は。
違う。
此処で生きていたい訳じゃない。
それなのに。

「目を閉じるな。周りを見ろ。耳を塞ぐな。耳を澄ませ。ちゃんと、いるから。今、傍にいるから」

「独りで死なないで」

雷蔵の瞳に、言葉に、目眩がした。
意味はわからないのに、なんとなく鳩尾が重くなり、声が喉に張り付く。
気付いてはいけないことに気付いた気がした。
戻れなく、なる気がした。

「俺、は、あの人の傍が、」
「三郎!」
「心得た!!」
「「!?」」

雷蔵の呼び掛けと同時に雷蔵と同じ顔の誰かが勢い良く障子を開けた。
まさかの第三者登場に紫苑と伊作は混乱する。

そして当の第三者は、背中を見せ何やらごそごそしていた。

そして最後に、黒髪の鬘を被り、こちらを向く。
雷蔵と同じだった顔は、なんだか紫苑に優しさと癒しを加えた年上少年風になっていた。
誰だ。
目を白黒させる間に、雷蔵は紫苑の上から退き、謎の誰かに変装した三郎が紫苑に布団をかけ、額を軽く小突いた。

「こーら、紫苑。駄目じゃないか。寝ないと育たないぞ?お兄ちゃんお前が心配だよー」

………。
…………。
本気で誰だ。

「……あ!紫苑のお兄さんの変装してるのか鉢屋は!」
「そうでーす。雷蔵と想像してみました!」
「どう?異界の!お兄さんだよ!!」
「兄さんを侮辱するなぁあああ!!」

本気で起き上がった。
そして紫苑の剣幕に、雷蔵と三郎は目を合わせた。

「違うみたいだね…」
「そうだな……。おい異界の。何が不満なんだ。雷蔵がこんなに献身的なんだぞ贅沢者め」
「あ、そっちのほうが兄さんに近い……ではなく!!余計なお世話だ!!なんなんだ貴様らは!!」
「「「お前の先輩」」」

殴りたい。
心底紫苑はそう思った。

「というか今の罵倒の方が似てるって……お前そんな奴に人生捧げていいのか?先輩超心配」
「捧げてない!」
「というか異界の寝なよ。安静って言ったよね」
「寝てられるか!!」
「もう、ごちゃごちゃうるさいなぁ。えいっ」
「ぅぐっ!!」
「「あ」」

雷蔵的大雑把寝かし付け(殴る)で意識が遠くなる。
紫苑は心底、帰りたいと思った。
助けて兄さん







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どうしてこうなった

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