05/24の日記

21:18
懲りず落乱境界線
---------------

境界線×落乱
異界の紫苑ネタ。

唱術使う話







それは、少し難易度が高い任務だった。
六年生である潮江文次郎と、六年生に匹敵する実力をもっている鉢屋三郎に、同じく実力のある紫苑の三人でこなすように言われた“お使い”は小さなミスが歪みを起こし、本来ならば誰にも気付かれず姿を眩ませているところを複数の追っ手がついて来ている。

さらに、三郎の左腕のかすり傷は罠を発動させてしまった際つけてしまったモノで、これにはご丁寧に毒が塗ってあったらしい。
何も言ってはいないが三郎の足元が怪しくなっている。

それに気付いた文次郎は舌打ちを一つし、懐から袋槍を取りだし敵城から取ってきていた棒に装備する。
それから足を止めた文次郎に紫苑は背中に汗が伝う、嫌な感覚を覚えた。
それを止めようとするより前に、文次郎が声を張った。

「俺が殿を務める!!密書は必ず届けろ!!」

今、密書を持っているのは紫苑だった。
他がどうなろうと、自分だけは生きて任務を完遂しなければならない。
そんなことはわかっている。わかってはいるのに。

紫苑は足を止めた。
止めずにはいられなかった。

「何してやがる、とっとといけ!!お前ならわかっているだろう!!」

別に、こういった状況が初めてなわけではない。
寧ろ、幾度となく切り捨ててきた。
冷静な考えも合理的な判断も、出来る人間だった。
命がなんたるかと問われる程取捨選択をしてきた。

でも、それでも。

「ちっ、鉢屋!」
「、わかってますって!」

文次郎の苛ついた声に三郎が応じ、三郎が紫苑を抱えて茂みに飛び込む。
触れた手は冷たく、常ではない体温。

紫苑はまた呼吸が詰まった。

「どうした、紫苑。お前らしくもない」

頭のキレ、冷静さは学園でも屈指に入るだろうと、改めて確認するように、ざわついているものを宥めるように三郎が紫苑の背に手を置く。

「お前はこのまま学園へ。出来るな」

そして、そのまま紫苑の背を軽く押す。
それでも、紫苑の足は動かないままだった。

二人が望んでいることもわかる。
自分はこのまま任務を遂行すれば“何も問題ない”ことはわかっている。

聞こえてくる三郎の吐息は、通常とは異なっている。
救援を呼んだとして、それまでには時間が足りないだろう。

文次郎とて、追っ手が一人ならばそうそうやられることはない。
が、今は多勢に無勢。時間の問題だ。
二人が無事で済むなど、あり得ない。

……一つだけ、この状況を打開する方法がある。

紫苑は、唱術の使い手。
その頭脳で本来ならばソーディアンと呼ばれる“意志を持つ剣”がなければ発動出来ない術を操ることが出来る。

だが、此方ではそれを見られることも他言もしていない。
当然だ。
彼方でも稀有な能力だ。此方ではより異質なもの。
自分を守るには当たり前の判断だ。

きっと、これを使ってしまえば、これまでのように接してはもらえなくなるだろう。
もしかしたら、人として見てもらえなくなるかもしれない。
最悪、処分される。
けれど、

「紫苑、行け。ここはおにーちゃんがどうにかするさ」

少し茶化すような声。
“おにーちゃん”というのは以前図書室で倒れた際、雷蔵が三郎に頼み全く似ていない兄に変装した時のネタを引っ張っているのだろう。
ニィッ、と悪戯っぽく笑う三郎に紫苑は全ての覚悟を決めた。

「侮蔑も罵倒も後程受けます。……すみません」
「、おい紫苑?」

瞳を閉じ詠唱に入る。
紫苑の空気がガラリと変わったのもあるだろう。
三郎は戸惑いながら紫苑を見る。

懐に入っているレンズが反応し、淡く光が灯る。
それはまるで紫苑自身が発光しているようにも見え、神秘的な雰囲気を醸し出している。
まるで厳かな祭事のようで、三郎は口を開くことができなかった。

「――…解毒せよ、アンチドート!」
「!」

紫苑が発していた柔らかな光が、三郎に移る。
それに三郎は身を固くするが、特に異常はない――否、逆に身体の異常がなくなった。

身体にまとわりついていた怠さも吐きそうな気持ち悪さも頭にあった鈍痛もない。
まるで悪い憑き物が落ちたようにすっきりしていた。
「は……?紫苑、今私に何を、」
「説明は後程。敵を殲滅します。ですが、詠唱している間俺は無防備です。守ってください。できれば、潮江先輩を此方に下げてください。……お願いします」

紫苑は桜花の鞘と柄を握り締め、頭を下げる。
今は、時間がないのだ。
こうしている内にも、文次郎の状況は悪くなっていく。

三郎は言葉を全て飲み込み、得意武器であるひょう刀を懐から出し、いつもの不敵な笑みを浮かべた。

「任せろ。これでも天才を名乗ってるんだ、後輩の御守りなんてお茶の子さいさいさ」
「では、俺が呼んだら側に。巻き込みかねません」
「何が起こるかわからんが心得た」

三郎が考え方が比較的柔軟な方で良かったと紫苑は内心安堵する。
だが、それはほんの一瞬だけだった。

紫苑が立ち上がり詠唱を始める。
それと同時に三郎が茂みから飛び出し、文次郎の一時的な援助及び伝達へ。

唱術を完成させてしまったら、己はどうなるだろう。
特別になりかけている彼等は自分をどう思うだろう。

一瞬そんな考えが掠めて、そんな自分を鼻で笑う。

誰にどう思われても構わない。
俺は、“大切な人”を守れれば、それでいい。
唱術は、その為の方法でしかないのだ。

例え、それを扱う自分が化け物に見られても、構わなかった。

「天空満ところ我は在り、黄泉の門開くところ汝在り。響け、神の雷!!―――先輩方、こちらへ!」
「はいよ!」
「なにをーっ!?」

現状がどうなっているのかわかっていない文次郎を無理矢理引き連れ、三郎が紫苑の横に下がる。
二人を横目に見届け、溜めたエネルギーを術に変換しそれを放つ為に息を吸った。

「――インディグネイション!!」

凄まじい光とがその場を包む。

閃光弾よりも強い光は辺り一帯に熱を伴い地面を、人を焦がす。
刹那後、轟音。
耳を痛めそうなそれに三郎と文次郎は耳を塞ぐ。

辺りは焼け野はら、敵方は死屍累々。
さながら地獄絵図のようで三郎は顔をひきつらせた。

「ぇえー…冗談キツすぎないかこれ」
「な、な、……っ!!紫苑!お前、一体何をした!!?」


吠えるような文次郎の声に紫苑は肩を震わせ唇を噛む。
一拍、瞳を閉じた後学園の方向を指差した。

「……今は、此処からずらかる方が先です。さぁ、参りましょう」
「しお、」
「……」

伸ばされた手は見なかったことに。
その手が何をしてくるかわからなかったから。

逃げるように、紫苑は駆け出した。
心臓が痛い。
妙な汗が伝う。

怖いと感じるのは、久しぶりのことだった。






気が向いたら続きます

前へ|次へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ