Poke-mon

□右肩に紫蝶々
1ページ/3ページ



くちづける
お前の頬に 額に 唇に


何度も
何度も


私のものになればいいと願を込めて一連のそれを繰り返す


きっともう数えるのも飽きる程にしてきたのに


何故お前は私の下から去ってしまうのか






「帰るのか」
「え?うん、そうだけれど?」

この言葉はまるで決まりきった儀礼のようにいつもと同じ

いつもそうだ
今日は帰らないよな、と会った時に強く念を押してもお前はただ困ったような笑みを浮かべるだけ

彼は嘘はつかない
けれど欲しい言葉をくれることもない

それがどんなに歯痒いかお前は知りもしないのだろう?



この広い部屋に取り残される時私がどんな気持ちになるのか




「もう少しここにいろ」

「だけど俺もう仕事に戻らなくちゃ」

「そんなもの…」


来るわけない、と言いかけるのをぐっと飲み込んで私は黙り込む

依頼など来る筈がない

私が部下を使って侭く妨害して誰も依頼が来ないようにしているんだから
けれど彼はそれでも誰か来ているかもしれないからと淋しげに笑って私の手を離すのだ

あの空っぽの箱庭に帰る為に
もはや何の価値もないあの場所へ戻る為に


「帰るな。ここにいろ。ずっとだ」

「サターン…」

私のものにならない、綺麗な綺麗な紫蝶々
或いはお前がポケモンだったならこの手の平に納まるボールに閉じ込めてずっと飼い馴らしておけただろうに

そう、閉じ込めておけたなら


「……あぁ、そうか。帰る場所があるからなのか」

「え?」

「帰るなどという言葉がなくなってしまえばいい。そうだ…私としたことがこんな簡単なことに気付かないとはな」


そうだ。帰るという言葉は帰る場所があってはじめて成り立つものだ


なら、それがなかったとしたら?


私は傍らの電話の受話器を持ち上げる。そして内線のボタンを押すと部下に指示を下した


育て屋の家を焼き払えと


幸いにもこの施設にはまだそういった火器等が豊富に残っていた
アカギ様が姿を消してからそういったものの使い道はほぼなくなっていたが十分使用にはたえうるだろう


まるでデリバリーでも頼むかのような気軽さで電話を切り視線を上げるとそこには今まで見たことがないほどに表情を青ざめさせがたがたと震えている育て屋の姿があった

彼は信じられないといった眼差しで私を凝視しながら口を開いた

「今、何を…?」

あぁ、なんだそんなことかと思いながら私は結果を告げた


「これでもうお前は帰る必要はなくなった」

自分で言ったその一言はこれから続く幸福の甘さを含んで私の胸に落ちた

これでもうあの言葉にこの胸を痛めつけられることはなくなった


その事実に自然と口許に笑みが零れた






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ