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□ベイビーパニック4
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遠くで、母さんが呼んでいる。
けれど俺は、それを無視して反対方向へ駆け出した。
「……過保護なんだよ、全く」
小声でぼやく。
植え込みを突っ切ると、外との境界線、高い塀が見えてきた。
地面を蹴る足に力を入れ、一気にスピードアップすると、そのまま塀を垂直に駆け上がった。
重力を感じる。
タン、タン、と踏みしめて、一気に頂上へ昇った。
風が気持ちいい。
振り返ると、隼人と武の驚いた顔が小さく見えた。
思わずくすりと笑う。
「じゃあね」
「……何がじゃあねだ、光邦」
綺麗なオレンジ色の炎が視界の端に見えたと思ったら、いつの間にか、隣に一人の人物が立っていた。
「……っ!! 」
驚きに、ふらりとバランスを崩す。
「ぅ、わっ、わっ、」
「ミッくん!! 」
身体が宙に浮いた。
嫌な浮遊感。
目の前にあったオレンジの炎が、スウと消える。
腕を引かれ、二人でもつれるように、塀の下へ転がり落ちた。
ドスン、と、鈍い衝撃。
すぐに、隼人と武の焦った声が近付いてくる。
「大丈夫ですか10代目っ! 」
「ツナ、それに、光邦も無事か? 」
俺を抱くようにしながら下敷きになっていた人物が、よっこいしょ、と言って起き上がる。
「俺は大丈夫。……光邦、怪我は無い? 」
心配そうにのぞきこまれる。
妙に気恥ずかしくて、視線を逸らした。
「無ぇよ……。母さんが…庇ってくれたし……」
ちらりと様子を伺うと、ふんわり微笑まれた。
「そっか……良かった」
くしゃ、と、母さん似だと言われる薄茶色の髪を撫でられた。
「うわ、や、やめろよ! 」
―――俺だってもう12歳になるんだぞ。
人前で頭を撫でられることに羞恥を感じる程には、大人だった。
それを見て、武が笑う。
なんだか余計に恥ずかしくなってしまった。
ぷいと俯き、そこでふと、ある人物の気配を感じた。
隣を見ると、母さんも感じるらしく、あはは、と苦笑している。
笑ってる場合かよ、と思う。
その思いが通じたのか、すぐに笑いを引っ込めた母さんが、ひそめた声で、言った。
「…やっぱ逃げよっか」
激しく同意見だったが、俺が頷くより早く、唐突に背後から声が掛けられた。
「…光邦」
「……!! 」
誰、なんて、振り返らなくてもわかった。
背筋がビリビリする。
目で母さんに助けを求めたが、母さんも、心なしか青ざめている。
「光邦」
「は、はいっ!! 」
「…話がある。ついてこい」
有無を言わせない口調で言い切ると、その人物は、バサッとコートを翻した。
もう一度、母さんを見つめる。
意識的に、哀願の色を帯びさせて。
母さんが、ぎゅっと俺の手を握った。
「光邦、頑張って…!! 」
―――泣きそうだ。
重い気持ちをひきずりながら、俺はゆっくり立ち上がった。
少し先で、俺を待つ人物に顔を向ける。
誰よりも尊敬しているその相手は、同時に、誰よりも恐ろしい相手だった。
「……わかったよ、父さん」
情けなく震える自分の声が、その場にこだました。
end
息子の名前が光邦(ミツクニ)、に決定しました(´∀`)ノ
徳川系統の人で有名なのを考えたら他に思い付かなかった…
漢字は違いますが…(正しくは光國、です)
ちなみに、蛇足ですが、綱吉はたまに彼を『ミッくん』、と呼びます。
小さい頃はこの呼び名を使っていたようですが、最近は本人が嫌がるので控えてるようです。
でも咄嗟の時には思わず使ってしまうようです。