百人一首

□蟲憑きと共に歩むギンコ
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彼女と旅をするようになって幾月も経った。たまたま入った宿に先に泊まっていたのが彼女で、これまた、たまたま宿の女将の娘が蟲にやられて病んでいたのを成り行きで一緒に治したのがきっかけで話すようになり、あれよあれよの間に何故だか一緒に宿を出て道中を歩いていた

聞くと彼女も根なし草で、ひとつ処には留まらず旅をしているらしい。蟲を寄せるのかと問うたがそうではないそうで、だがその時の彼女の表情が苦虫を噛んだようななんとも言えないものだったのでそれ以上は訊けなかった。これは共に歩き出して直ぐの頃のことだった






女はそういうものだと言われたらまあそうなのかもしれないが、彼女はわりとお喋りだった。ただ、彼女の話は総て楽しいので苦に感じたことはない。何十年も前はこの辺りは枯れた土地で栄える為に村人が蟲の力を上手く利用しただとか、その昔に大病を患った殿様を元気にしたのはこのなんとも美しく立派な桜の木だとか、まるで実際に見ていたかのようにその土地その土地に着くと彼女は辺りの風景を眺めつつ、俺に言って聴かせた

そんな彼女は俺に話させるのも大層好きで、これまで見てきた蟲の話や蟲に関わった人々についてよく訊ねてきた

ある時また彼女にせがまれ蟲の話をすることになり、ふと思い出した、ナラズの実を食べ不死に近い命を得た、とある里の祭主の話を聞かせた。すると彼女はみるみるうちに暗い顔になり、その男は今はどうしているの?と問うので、さてね、きっと何処かを旅して田んぼを見て回っているんじゃないか、と答えた。俯いた彼女は暫く無言でいた。俺が彼女に対して特別な感情を抱きはじめた頃だった






蟲のせいなの。湖面に水を打つようにぽたりと呟いた彼女。そこから先は濁流のようにひたすらに話を続けた。小さい頃から蟲が見えていたわけではないこと、今の見てくれの年になったときに突然だったこと、何がきっかけかは未だに解らないこと、生まれ育った里を捨てたのはそれから二十年後で以来ひたすら宛て処無い旅を続けていること

それが百年以上昔の出来事であることを彼女は語り、ギンコを好きになってゆく自分が怖いと言って涙した

彼女の話すお伽噺のようなものは総て真実で、実際に彼女がその目で見てきた現実だった。俺と年端の変わらぬ姿のまま老いを知らずに彼女はこの世を生きてきたのだ。俺は記録に残る文献を片っ端から読み漁り彼女に憑いた蟲の正体を突き止めようとしたが、彼女が百年以上も探して見付からないでいるものをそう易々と発見出来るはずもなく、ついには俺も彼女と同じ身体になって共に永劫の時間を過ごそうか等と考える始末だった

彼女は愚かな事はしないでと言い、眉を八の字にして笑った。それは一緒に旅をはじめて最初の頃に俺が、誰かと旅をするのは楽しいと、特に夕暮れ刻や夜更けの物悲しさがまぎれるのは気分が違うと言ったときに、わかるよそれ、と言って見せた憂いを帯びた笑顔によく似ていて心臓がきりきりとした






『ねえギンコ、此処はね、昔はわりと大きなお城が建っていて周辺も栄えてたんだよ』

「へぇ。つうことは、今じゃ随分と様変わりしちまったんだな」

『だねぇ。綺麗だったんだけどな…もう少し歩けばお城の残骸くらいは残ってるかもしれないけど』

「行ってみるか?」

『…ううん、いいよ。それより、呼ばれてるんでしょ?早く行こう』

「わかった…」



草野原に変わり果てた景色を眺め、彼女は心に何を抱くのだろう。このまま歳月が過ぎれば俺は当然老いて死ぬ。だが彼女はわからない。いや、俺が老いて死ぬ時にはまだその若い姿のままなのだろう。置いていかれるのが怖いと言う彼女に、俺は置いていくのが怖いと言った。それでも道を分かつことなく俺達は並んで歩いている。これが正しいのかなど俺達にも、他の誰にも判断出来やしないのだ

しかし、彼女がひとりで見続けた美しくも残酷なこの世を、俺も見たいと今もこれからも想い続けることだけは確かだった















百の城



古い軒場は荒れ果ててしまった

昔から受け継がれてきたものが

今や衰えようとしている

荒れた庭にもう一度

美しい花を咲かせたい






(昔はよかった)(せめて今はそんな言葉を言わせぬように)(隣に並んでいよう)















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前サイトリメイク(^ω^)

宮中の古びた軒端に生えるしのぶ草を見つけて、宮廷が栄えていたときを懐かしむ想いで詠んだものだそうで、恋愛要素はゼロだけど気にしない件について(^ω^)



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