文章

□私の世界が終わったそのあとも
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※ヒロインの場合







彼にとってはふざけたような話ばかりだっただろうけど、からかうつもりで聴かせていたわけじゃない

声を覚えていてほしいとか話した全部を覚えていてほしいだなんてことは思ってなかった。ただ、誰の言葉にもろくに耳を貸さない俺様な彼が文句を言いながらでも愛想を尽かしながらでもそれでも、最後まで聴くことを止めないでいてくれることが嬉しかった







本を読むのが好きだ。読めば世界の至るところ、いや宇宙にもそれ以上の場所にだっていけるから。決して狭くはない、むしろ一人では広すぎるこの部屋が嫌いなわけじゃない。ベビーピンクの壁紙にバルコニーへと続く大きな窓、その向こうには大好きな花が咲く庭が広がる。天蓋付きのベッドの上に居るだけなのに毎日逢いたい人達にも逢える

それでも此処ではない何処か視たこともない場所へ行ってみたくなる。もうそれができない私の望みを叶えてくれる本が好きだ。いつからだったかは忘れてしまったけれどある時ふと、読んだ本の内容を教えてあげたくなったのがはじまり。身分や品格の為だけにしか本を読まない彼はきっとこんな話知らないと思ったから

――これはほんとの話なんだけど

おとぎ話のそれを語るときにはまずそう言った。何を聴かせても素直に聞いてはくれなくて、妖精をみたと言えば鈍臭ぇお前がどうやってみつけられたんだと。人魚をみたと言えば泳げもしねぇくせにと。言葉を話す猫をみたと言えばソイツはお前よりも口が達者かと。キャンディーの雨が降るのをみたと言えばだから太ったのかと。野に咲く青いバラをみたと言えばそれはペンキでも塗ってたんだろうと

どんな話にも文句ばかりだったけど、そんなもの有りはしない。と否定することは一度も無かったことに気づいた時には一人で笑った
――これはほんとの話なんだけど

こう言えば空想が真実に変わる。宝石よりも輝く出来事が現実になる。暗闇で生きる私たちにだって、こんなにも簡単に分かち合うことが出来ると言うことを少しでいいから彼に伝えられたら

――世界では毎日、夢より不思議なことが起きてるんだって

くだらない。ため息混じりに言われてもちっともガッカリしなかったのはザンザスがどことなく愉しそうに聴いてくれてた気がしたから







――これはうその話なんだけど

話してみようと思った理由は自分でもよくわからない。ザンザスの言うように本当にイカれていたのかもしれないし、ただなんとなく言ったようなそうでもないような。試した、と言う言い方は汚らしいけどでもそれが一番しっくりくるのかも

――ドカスが

試した、だなんて思ったりもしたけれど何を期待したわけでもないし、何を言われてても正しい答えの判別なんて出来なかっただろう。でもザンザスがそう言ってくれたことが心底嬉しかったのは嘘じゃない。込み上げる愛しさを抑えきれずに微笑めば抱き寄せられてキスをされる

まるで私の存在を確かめるかのようなキスに、此処にいるよと応える代わりに瞳を閉じた







うその話はあれきりしてない。次の日からはいつもと変わらない、ほんとの話を話す。ザンザスもあの日の事は何も言わない

ザンザス変わったね。その発言に無言のまま眉間に皺を刻むザンザスが可笑しかった。だからこれこそからかうしかないだろうと思って言った

――もしかして私って超愛されてる?

こんなの、いつもの戯れみたいなもののひとつで、舌打ちしながらふざけんなとかドカスがと言われることしか想像してなかったのに

――当たり前だ

言った本人さえも驚く言葉に私は思考が停止した

いまなんて言ったの

毎日聴いてたよく響くバリトンのその声が耳に入らず未だに空気を泳いでいる気がする。いまなんて言ったの。紡がれた言葉を必死で追いかけていたら空気を泳いでいたそれが耳を通り胸の奥のまた奥に沈んで、胸が震えて、拍子に私の中をいつもギリギリまで満たしていた涙がついに溢れて出た

時間が止まったみたいに呆然として私を見るザンザスの緋色が揺れたら、時計が秒針を進めるように少しずつ私の思考も動きだす。あぁそうだ、ほら早く、私も伝えなくちゃ。あのね、私も、私もなの


――うん、あたりまえだけど、あたしも超愛してる

どうしよう、うまく声が出ない。ちゃんと伝えられただろうか。ただでさえ消えそうな声だったのに、言い切る前にザンザスが私を抱きしめたから声よりも鼓動の音のほうが大きく聴こえてしまったかもしれない。ようやく機能しはじめた思考だったのに、次の言葉でまた停止する

――ンなこと俺が知らねえわけがねぇだろ

なにそれそんなのキャラじゃないでしょう。イカれてるのは私だけじゃないよ。やっぱり駄目だ、いつもの調子で話せない。ただ子供みたいな泣き声をあげた

――いい加減、お前の嘘は聴き飽きた。黙って聴いてる俺の身にもなりやがれ

うんそうだね。私だってわかってたよ。そうやっていつも私の子供地味た遊びに付き合ってくれてたね。私が読んできた本の全部、ザンザスが選んでくれてることに私が気づいていたこと、知ってたでしょ?

だってレヴィも私に負けないくらい嘘を吐くのが下手くそだから。それでも黙って話しを聴いてくれていたその事に、私は惚気てもいいのかな

必死で腕に力を込めて抱きしめ返しながら、柔らかく私を包むその腕になら締め殺されてもいいからだから、もっと強く私を抱きしめてくれたら。このままザンザスの身体の一部へと溶けることが出来るかもしれないと思った

――ドカスが

何度も何度も囁くその言葉がまるで違う言葉に聴こえておもわず顔を上げて笑えば、今まで見たこともないような優しい顔をしていて

やっぱりこの前聴かせたあの話はうそなんだなぁ、なんて確信してしまったものだから、また少し涙が零れた



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