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□跡部景吾が迎えに来る
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私が景吾に惹かれた理由は数えきれないくらいあったけど、景吾が私に惹かれた理由はいくつあったんだろう。何度訊いても曖昧でついには、全部としか言いようがねぇなと返された。それを聞いた私はすごく嬉しかったと同時にすごく苦しくもあった
お前は俺と結婚するぜ
あたかも傍観者のように、でもきっぱりと言い切る景吾は私にとってただの彼氏ではなくて無敵のヒーローで眩しい王子様だった。私と景吾の身分の差はそれはもう離れていて、今どき身分だなんてと思うけど100人が100人認めずにはいられない程明確に遠かった。だけど景吾は身分や地位を気にするような人間では無かったし、私も景吾が好きなだけなのだから関係無いと思っていた
それでも、日増しに冷たくなる周囲の視線や言葉に耐えきれなくて涙を流す回数が増えていく。仲良しの友達はずっと応援してくれてたけど、それ以外の人間全員が私と景吾を、と言うより私を否定していて辛かった。そんなもんいちいち気にするんじゃねぇ。相変わらず強い意志を持つ景吾の言葉さえ恐かった。嬉しくて楽しいよりも哀しいばかりに目を向けるようになった私は、中学3年の春にこの恋から逃げ出した
『…け、いご…?』
「やっと帰ってきたか」
『…な…なん…』
「おい、まさかこんな暗い中を一人で歩いて帰ってきたのか?」
『…え、…あ、う、うん…え…?』
「危ねぇだろうが、何考えやがる。あぁ、危ないと言やお前なんでオートロックのマンションに住んでねぇんだ。何かあってからじゃ遅ぇぞ」
『ご、ごめん……え…?』
景吾との恋から逃げ出した私は高校を外部受験にして氷帝からも逃げ出した。そんなことをしなくても景吾が卒業後すぐにイギリスへ戻ったと言うのは氷帝の高等部へ上がった友達から聞いた。私と付き合っていたときはそんなこと一言も言わなかったくせに、ひどい。いちばんひどいのは私だし自己中にも程があるのは承知で、馬鹿みたいに傷付いた。もし付き合ったままだとしても何も言わずに置いてきぼりだったんだろうか。もしそうだったら私は、辛くて泣いてばかりだったあの頃でもいちばん大泣きしていたかもしれない
それでも新しい生活と成長と言う風に押されて足早に過ぎ去る毎日の中で、それなりに恋をした。だけど最終的に行き着くのはあの頃に景吾と過ごした日々で、別れた途端にこれかと自分の最低ぶりに腹が立つけどやっぱり景吾以上に見れる人は現れないままだ。青臭い恋だと笑われようが私の生涯でこれより勝る恋愛はもう無いと思う
突然の来訪者に一瞬息が止まった。卒業してから会うのははじめてだった。いきなりどうしたの、なんで此処に居るの、外国に住んでいるんじゃないの、どうして私の家を知ってるの、いまさら私なんかに会いに来てどうしたいの
膨大な量の疑問に声が出ないでいる私を気にすることもせず、景吾は喋った。あれからどれだけ経ったろう。あの頃よりも伸びた背に逞しさが増した身体に少し低くなった声、髪型だって違ってる。私の知らない場所で私と同じだけの時間を刻みこの人も大人になったんだ。当たり前のことなんだけど寂しくなって、また私は勝手に傷付いた。自分いい加減にしろ、言い聞かせながらも泣きそうになる。私の知らない人になってしまったこの人の顔は見てられない。自然と俯く
「…おい」
『…な、に……』
「顔を上げろ」
『…やだ……てか、なに、どうしたの…なんでこんな…なに…』
「やだじゃねぇ、上げろ」
『…やだ……』
「上げろ」
『いや…!…っ、なんなのいきなり…わけ、わかんないよ…なにしにきたの…』
「…何しに来た、だと?」
『…そ、そうだよ、卒業してから一度も会ってなかったのに……いまさらなに…?…あ、あの頃言えなかった文句でも思い出した?…それなら、謝る…から…だから…』
だからもうこれ以上ここに居ないで。お願いだからどこかへ行って。私が泣いてしまう前に、飛び付いてしまう前に、あの頃から募るばかりだった想いを口にする前に。あの頃よりも遠いところへ、お願いだから行ってしまって。私の中の惨めな期待を砕いてしまって
「…文句、は無ぇが言いてぇことがあるからここへ来た」
『………なに…』
「その前に顔を上げろ。何度も言わせるんじゃねぇ」
『………、……』
「やっと目を合わせたな」
『…それ、で……言いたいこと…は…』
「迎えに来た」
『………?…は……?』
「お前を迎えに来た」
『……は……?…え…?…なに、それ…なに言ってるの……意味が、わからないよ…』
「そのままの意味だ。行くぞ、手を取れ」
『……!……っ…』
差し出された景吾の手はあの頃と違いマメが無く綺麗で、テニスはもうやってないのかなとどこか冷静に考える。目を合わせたらあの頃と同じく優しいままの青い瞳が私を写していた。そしてなにものにも揺らがされることのない強い意志を持つ言葉も同じまま。私が後悔に溺れる中で捨てきれなかった言葉を、ためらいもなく言った
ねえ、胸の隅っこでもたげ始めるこの期待を私は、また信じてもいいの?
「もう誰にも何も言わせねぇ」
「俺はもう二度とお前の手を離さねぇ、だからお前も二度と離すな」
『…け…ご…』
「言ったじゃねぇか。お前は、俺と、結婚する」
『…!』
「まさか忘れてんじゃねぇだろうな、アーン?」
あの頃、景吾はただの彼氏ではなくて無敵のヒーローで眩しい王子様だった。どんなときでもその強さで私を守ってくれるし甘く包み込んでもくれる。変わってしまったことのほうが多いけれど、もう寂しくはない。変えられないものがあった。震える手で景吾の手を取れば、弾かれたように抱き寄せられた。貴方の言う通り、もう二度と離さない
忘れられるわけがない。忘れられるわけがなかった。偉そうな言葉の裏に隠れた、いつでも私をいちばんに想ってくれるその心を。全部全部、忘れたくなかった
もう二度と逃げたりしない
こころの帰る場所
(ずっと同じ場所に在った)(ごめんね)(もう何処へいかないから)
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