文章
□六道骸で100万回生きた猫パロ
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――とあるところに赤と青の瞳を持った者がありました
その者はいつでも独りでした。母親が父親が友人が恋人が、どれだけその者を想っても独りのままでした。その者は独りを嘆いたことがありません。その者は気づいた時にはずっとずっと昔から独りだったのです。ただ、もしもひとつ嘆くものがあるとしたら
絶えなく繰り返す理由を意味を、知らないことでした
幾度目のことだったか。異常なのは周囲ではなく自分なのだと気づいたのは。今の自分で居る前の自分を憶えていた。ひとつ前だけではない、その前の自分も、もっと前の自分も、僕が僕であった時の全てを記憶していた。僕はそれを、時代だけではなく国や容姿、性別さえ変化する中で唯一不変な赤と青の瞳のせいだと思っている
この瞳にどんな力があるのか具体的な事は分からないが、きっとあさましい呪いか何かなのだ。でなければこんなくだらないばかりの一生を繰り返させたりはしないはずだ。一度だけ、前世の記憶が残っているとその時の僕の母親に告げたことがある。母親は僕が病気になってしまったのだとそれはそれは心配して、足繁く僕を病院へ連れて行った。疲れた僕は母親の望む僕を演じてやった。母親は喜んで僕を抱きしめたが僕が抱きしめ返したことはなかった。それからほどなく僕は流行り病にかかって死んだ。母親は僕の容れものを抱きしめ泣いていた。僕にはどうでもよかった
大きな屋敷のひとり娘だったこともある。両親はもちろんのこと、仕える侍女達も僕を可愛がった。毎日違う洋服に髪型。暖炉に灯る優しい炎の中で温かい談笑とフルコースの食事が振る舞われる。だけど僕はつまらなさすぎて笑うことも出来なかった。ほどなく僕を慕うあまり気をおかしくした男によって僕は殺された。屋敷中の人間が僕を想って泣いた。けれど僕は殺される瞬間にも泣きはしなかった
新しく生まれるたびにまたかと内心でがっかりする。これが最後でありますようにと願って死んではまた生まれる。そして同じ人生を送る。誰からも愛されて誰しもが羨む絵に描いた人生。僕は一度たりとも幸せだと想ったことがない。僕の死を嘆いて幾人もの人間が涙を落とそうと、僕には価値が無かった
ところが数えることも止めた今、奇跡が起きた。僕は誰のものでも無く、僕だけの為に生きることのできる人生を手に入れた。望まぬ愛を受けることも羨望の眼差しを向けられることもない、他者にはおよそ不幸としか思われない人生が僕には幸せだった。初めて生きている心地がした
新しい人生を生きる中で僕は少しだけ浮ついていたのかもしれない。出会う人みんなに輪廻を巡る自分の話を言って聞かせては、僕がどれほど他人と違う場所に立っているかを相手に刻みこませる。どんな相手も驚きに身をよじり僕を畏敬を含んだ瞳で見る。こんなこと以前までの僕では考えもつかない事だったが、咎める理性を忘れるくらい毎日が楽しくて仕方ない
暫くののちひとりの女性に出逢う。その時も僕はまだ僕以外の人間を蔑んでいた。しかしこの女性は僕の話を聴いても目を伏せて、そう。と言うだけだった。予期せぬ反応に憤る僕は、大国の王様だった頃や美貌を轟かす生娘だった頃や英雄と称される戦士だった頃、彼女には到底過ごし得ないありとあらゆる人生の話を聴かせた。どんな人間も目を塞ぎたくなるほど輝かしい人生の話。そんな話でさえも彼女は、そうね私には無理ね。と言って紅茶を啜るだけ。何を話しても彼女は僕に興味も関心も持ってはくれない
それでも僕は毎日毎日、彼女に会いに行き僕の話を聴かせ続けた。結果はいつも同じ。そう。彼女はこのたった2文字の言葉で僕が繰り返してきた人生を片付けてしまう。僕はいつも眉を潜めるが会いに行くのを止めようと思ったことは何故だかなかった
他のお話を聴かせて
突然の彼女の問い。黙って僕の話を聴くばかりだった彼女がようやく僕に興味を示したと、僕は鼻高々になりながらまだ話したことのない僕の話をする
――僕は、貴女の想像もつかないくらい沢山の自分を憶えているんです
――そうね
――僕は、貴女が立ったことない地に立ったことがある
――そうね
――貴女の見たことない風景を見たことがある
――そうね
――貴女の知らないことを山ほど知っているんです
――そうね
――知りたいと思うでしょう?見たいと思うでしょう?立ちたいと思うでしょう?どれも僕にしか叶えられないでしょう
――そうね
――………貴女が望んだことでしょう?
何を話しても昨日までと同じ返事。さしたる興味も無いと言う素振りをする彼女に対して僕は語ることを止め口調をきつめて詰め寄れば、彼女は多分初めて僕と視線を合わした
――聴きたいのはそんな話じゃない
僕の目を見たままきっぱりと言い切った彼女に何故か心臓がどくんと脈打つ。僕が数知れず生きてきた人生の全てを見透かすような、そんな視線と言葉。いや、人生を見透かしているのではなく、僕の心を奥の奥まで見つめている。そんな感じだった。身体の中で鈴の音が鳴り響いてるかのような心臓。ではいったいどんな話を聴きたいんですか。回りきらない思考でなんとか出た僕の虚勢混じりの言葉に彼女は、分からないのならいいわと言ってそれからもう僕を見ることはなかった
本当はもう随分と前に気づいている。彼女だけに執着するその意味。てっぺんが見えないほど山積みにされ与えられるだけだったそれを、いま僕は初めて与えたいと思っている。しかし僕はそれに気づいてはみたものの、いったい何をどうすれば僕の望む結果を迎えることが出来るのかが分からない
遥か昔から疎ましく思うほど繰り返し言われた言葉はなんだったろう。一度だって心で聴いたことなど無かったから憶えていないのだ。誰もがさも幸せそうに目を細めて優しく笑う。それだけしか憶えていないのだ
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