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□春と一緒にやってきたスナフキン
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ようやく着いた。南に居たぼくがまた北に向かって歩きだしてから随分になる

この北の地もすっかり雪解けが終わり、大地は芽吹いた若草によって色付けされていた。北を出たのはまだ夏も終わらない頃で、いまはもう春になる。道行く途中で沢山のいいことに出会っては別れを繰り返し、寄り道をしたぶんだけ遅くなってしまったからあの子たちは心配しているかもしれない

春のいちばんはじめの日に目を覚ましたあの子たちは、あの小さな橋の上でぼくの訪れを春がくるのと同じくらいワクワクして待ってくれていただろう

特に彼女の場合はいつだってムーミントロールと張り合って、どちらがいちばんにぼくに会って挨拶できたかを競うんだ。だけど間の悪いことに彼女はいつもにばんめで、いちばんはムーミントロールだ。ぼくとムーミントロールが並んで歩いている姿を遠くで見つけて慌ててやってくる。そしてぼくと挨拶するより先にムーミントロールを拗ねた口調で責めるんだ

『どうしてまたムーミントロールがいちばんなの』唇を尖らせる彼女に対してムーミントロールも返す。「だってきみは何処かへ行って遊んでいたじゃない。ぼくはその間もずうっとスナフキンを待っていたんだもの」

彼女は沢山のドキドキワクワクとちょっとのハラハラするような楽しいことがムーミンママのパンケーキよりも大好きで、ひとつ処に留まってじっとしているのが苦手なんだ。身体中を泥や葉っぱだらけにして帰ってはムーミントロール達を驚かす。でも彼女は誇らしげに言うんだ。『あたしが今日見たものは今日だけにしか生まれない、明日にはもう見ることの出来ないとても貴重な宝物なのよ』って

だから彼女は、ぼくがまだ見たことのない遠くへ旅立つのを絶対に止めない。彼女は世界が毎日まったく別の顔をしていて、明日は今日と同じ顔をしないことをよく知っている。ひとつの顔しか見れないことがどれだけ哀しいことかよく知っている

だから必ず笑って言うんだ。『ねえスナフキン、あんたはあたしの“いいひと”よ。そんなあんたが沢山の初めてに出会うのがあたしはとっても誇らしいの』それを聞いたらぼくはますます胸いっぱいになって、いちばんお気に入りの唄を歌いながらムーミン谷を旅立てる






ぼくは自由をとても愛していて、そこには孤独が付き物だから孤独だって愛しているけれど、それが出来ているのは彼女の存在のお加減なんだろうね。感謝の意を込めてぼくは言う、「ぼくの“いいひと”よ。ぼくとあんた、まったく別々の場所に居てもきっと毎日なにかしらの初めてに出会って笑うだろう。見ているものが違っても、感じることは同じだろう。ぼくはそれが誇りだよ」

ぼくが孤独を感じるときにあんたも孤独を感じてる。うまいこと言ってやれないけれど、孤独を知るとぼくはとても嬉しい気持ちになるんだよ。離れていてもあんたと繋がっているような気がするんだ。それってとても素晴らしいだろ、だからぼくは孤独だって愛せるのさ






あぁ見えた。小さな橋のその上で、こちらを向いてひとり立っている。ぼくに気づいてぱあっと顔を明るくして走り寄ってくる、それはやっぱりムーミントロールだった。やっぱりねってぼくは内心でとても可笑しく思う。だってぼくらが、ごきげんようと挨拶を交わしているうちに彼女がやってきて『またにばんなの』ってふてくされて言うのが想像できたから

でもねえがっかりしないでおくれ、ぼくの“いいひと”よ。ぼくね、とっておきの唄ができたんだ。聴けばきみも素敵ねって言うよぜったい。もちろん皆にも聴いてもらいたいんだけど、まずはきみに聴かせたい

今夜ひみつの合図をおくったら、ふたりでこっそり屋敷を抜け出して、橋の手すりにでも座って奏でよう。そうしてこれだけは、彼女をいちばんにしたいんだ

そうしてきみが、いちばんになったその後は。夜が遠くへ行ってしまうまで、たくさんたくさんお喋りしようか

熱くなる心に煽られて、ぼくもムーミントロールに負けじと走りだした















ぼくらとせかい



(まっくら闇の世界でだって)(笑い合うことができるんだよ)(ぼくらなら)















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