IFの世界

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土曜日にショッピング。

うららかな春。冬服から衣替えを初めてだんだんと薄着になっていく季節。私もついにアラサーになり今まで着ていた洋服を年相応に揃えようとデパートへ買い物に来ていた。

このワンピース可愛い色だけど、デザインや形が上品できれい系にまとまってる。普段買う物より少し高いけど買っちゃおうかな。
財布の中身を確認しようと一度洋服を元の場所に戻した瞬間、何者かに腕を引っ張られたかと思えば、拘束されたようだ。片手で腰をもう片方の腕は首に回され、その手には注射器の針の先を首に向けられた状態で握られていた。銃やナイフではなく注射器とは珍しい。私からは顔がよく見えないけどガタイからして男だろう。長距離を走って来たのか息を乱している。この男を追ってきていたらしいスーツを着た男性数人は銃を構えている。え…とこの場合警察の方と認識していいよね?なんかスーツの人たちの中で一際目立つ色の髪の人がいる。なんだかその人に見覚えがあるような。なんて思考していたら私を捉えている男が叫び始めた。

「おいこれ以上近づいてみろ!この女にこのヤクをぶち込むぞ」

なんの薬だろコレ。無色透明だけどこの場合は毒か麻薬か何かだろうか。針の先からツウッと中の液体が零れ落ちる。これ直に肌に触れても大丈夫なやつ?先端恐怖症ではないけど、針は流石によちょっと怖い。中身の成分がわからないから余計に。

男の息切れは整い始めているが、やはり予想通り長距離をここまで走って来たのか足がガクガクしているのが振動でわかる。これならいけるな。

「人質は俺が代わりになる。その女性は離せ」

「無理な相談だ。男のヤク漬けより女の方が見て楽しいしなあ」

スーツを着た眼鏡を掛けた男性が、犯人に交渉したが、下品な笑い声と共に一蹴された。いい加減この臭い息に耐えられん。

「ねえ、お兄さん。興奮、しているの?」

「っ!?」

「ね、イタ気持ちいこと、してあげよっか?」

わざと犯人の耳元に口を寄せて猫撫で声で囁くと一瞬腕の力が緩んだ。そのまま男の腕の肘から手首の方までスウッとゆっくり肌を撫で上げ、少し力を入れて首元から注射器を遠ざけさせるとその腕に思い切り噛み付き注射器を落とさせた。そのまま背負い投げをする要領で右手で相手の前襟を左手で右腕を持ち膝を曲げて姿勢を低くし、相手の右脇に入り込むのと同時に体を回転させ相手を背中に乗せるようにして投げの体勢に入り、渾身の力を込めて思い切り地面に叩きつけた。このまま逃げ出さないように押さえ込むことも可能だが、念のため男女の力の差を考慮し、先程落とさせた注射器を拾い男の胸部に片足をダンッと踏み込んだ状態で針の先端を男の首に向けた。

「気持ちよかった?なんてね。動くなよ?これがなんのヤクかは知らないし、あなたにとっては脅しにならない成分のブツかもしれないけれど、注射器を何度も首に抜き差しされて抉られたくはないでしょう?」

「お、まえ、何者だ」

「運が悪かったわね。私、女性警察官なの」

「恐ろしい女がいたもんだ…」

遠くから確保ー!という声が響き渡りスーツの男性が一斉にこちらに走り寄ってきた。先程の身代わりになろうとした眼鏡の男性が犯人に手錠を掛け罪状を告げた後、ご丁寧に「ご協力感謝します」と綺麗にお辞儀をしてから犯人を連れて去って行った。他の警察の人が来て事情聴取を受け、帰られるようになるまでかなり時間と要した。折角休日を満喫していたのに…。でも一般市民ではなく、私が人質になって良かった。警察冥利に尽きる。

「如月莉子さんだったよな?」

「ん?」

声がした方を向くと、さきほど見覚えがあるような気がしていた明るい髪の色をしたスーツの男性が立っていた。目の前でハッキリ顔を見て思い出した。

「あなた、確か萩原さんのお友達の…降谷さん、でしたっけ?」

「ああ。君が萩に滅びの呪文言って去って行った時振りだな」

「よく覚えていらっしゃいましたね」

「やりとりが面白かったから、よく覚えているよ」

「はあ」

「事情聴取の時にも聞かれたかとは思うが、怪我や体の違和感はないか?」

「それは大丈夫です」

「それなら良かった」

あ、この人笑った顔凄く綺麗。満面の笑みとかではなく、緩く口角を上げて笑っただけなんだけど、とても絵になる。そんなことを思っていたら後ろから降谷さんの名前を呼ぶ声がした。さきほどの眼鏡を掛けた男性だ。

「風見か」

瞬間、降谷さんの雰囲気がガラリと変わって、キリッとした目線になり、口調は重く堅くなっていた。上司オーラがすごい出てる。

「今回捕らえた犯人は、やはり我々が追っていた組織の幹部の一人だった模様で、薬物の流通経路及び他の幹部の居場所や、今後の決まっている取引の現場日時などの詳細をこれから吐かせる段階にあります」

「そうか。風見、今回は偶然人質に捕らえられたのが一般市民ではなく警察官で武術を体得している者であった為事なきを得た。が、マルタイに尾行を感付かれるのは仕方がないにしろ、その後の動きは慎重になりすぎた所為で犯人に人質を取れるスキを与えてしまった。今回のことを踏まえて、今後どのような動きをするのが正解か瞬時に判断し行動に移せるよう様々の状況下に置いての推測や分析、訓練し精進するようお前の部下に伝えておけ」

「はっでは失礼いたします」

風見さんという方は降谷さんの直属の部下って感じかな。薬物の組織を相手にするということは公安警察警備課か。萩原さんが降谷さんを同じ警察だと紹介しなかったのは警察庁の公安警察だからと言ったところか。めっちゃエリートじゃん。イケメンでエリートって神様はこの方に二物を与えすぎでは。

「改めて、今回は我々の不手際で巻き込んで悪かった。友達のよしみで、徒歩で来ていたなら家まで車で送っていくよ」

風見さんと会話していた時の雰囲気とはまた一変、既に萩原さんの友人モードに切り替わっている。このスイッチON・OFFはさすが危険な組織に潜入捜査を遂行する課に所属しているだけある。

「あ、いえ。私も警察官です。一般市民を巻き込まずに済んで良かったと同じく思いますし、職務を全うしただけなので謝罪は不要です。あと、他にも買い物があるので送っていただかなくて結構ですよ」

「買い物と言えば、さっきいた店でワンピースを手に取って見ていたな」

「え、見ていたんですか」

「部下から司令要求されて急いで現場に辿り着いたら犯人が向かっていく先にキミがいるのが見えてその時にチラッと見えた」

話しながら、その例のお店に向かい到着すると、私の見ていたワンピースを降谷さんが手に取った。

「これだろ?」

「あ、はい」

「うん、キミに良く似合いそうな可愛い洋服だな」

「え、あの?」

降谷さんはなんか歯の浮くような台詞をサラッと言ったかと思えば、その洋服を片手に会計へと向かった。え、もしかしてだけど。

「はい、今回のお詫び。受け取って」

「いやいやいや、先程も述べたように私は職務を全うしたのであって、そういうのは受け取れませんよ」

「じゃあ、俺のお調子者の友人が君に迷惑をかけているだろうから、そのお詫びに」

「迷惑料…そういうことなら、まあ」

「それなら受け取ってくれるんだ」

「毎回行きたくもない飲みに誘われて続けて確かに迷惑だったので」

「あいつのこと嫌い?」

「普通に考えて、断ってもしつこく飲みに誘ってくる異性に対して好意的に思えますか?」

「それは思えないな」

「そうでしょう」

「まさかそこまで君に迷惑かけていたとは…俺の友人がすまない」

「いえ、あなたは何も悪くないです。因みに萩原さんが根は良い人なのは知っているので嫌いではないです。言動にはかなり迷惑していますけど」

「萩のことただの迷惑なヤツだと思われていなくて安心したよ」

「降谷さん、友達思いで素敵ですね。折角なので洋服いただきます。ありがとうございます」

「どういたしまして。如月こそ、とても素直で素敵だよ」


そのあと降谷さんは仕事に戻り、私は買い物の続きを始めた。色々あった一日だけど、思いがけないプレゼント、というか粗品?をもらえて少しラッキーだったな。




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