Melty kiss

□1
1ページ/1ページ



烏野一年男子バレー部マネージャー如月莉子。ただいまの季節、春を少し過ぎた世間ではゴールデンウィーク真っ最中。
バレー部は合宿中。私は部活で必要なスポーツドリンクの粉やコールドスプレー、夕飯に必要な材料の買い出しの帰り道。
なのですが。



「ここ、どこですかね・・・?」



迷子真っ最中です。



どうしよう。自分が方向音痴なのはよくわかっている。だからこそ。事前に顧問の先生に地図をもらってルート確認を再三した上で出発した。無事目的地のスポーツ店とスーパーに辿り着き買い物を済ますことは出来た。後は来た道を逆に辿るだけであったはずだ。なのに何故、どこで間違えたのか。目の前には覚えのないT字路がある。果たしてこれは右か左なのか。手持ちの地図に載っているのだろうが、なんせここが地図上のどこなのかがわからないのでは意味がない。因みに私は方向音痴の上地図が読めない。いや、地図が読めないから方向音痴なのか。まあ方向音痴には変わりないのでどちらでも、どうでもいいんだけど。それよりどうやって帰り着くかが問題だ。


「うーん・・・適当に進んでみたら見覚えのある道に出られるかなあ。」


もし全く知らない道が続くようであれば、一度戻って反対の道を進んで見るか。
そうしよう。荷物が重いから出来るだけ距離を歩きたくないだなんて言っていられない状況だ。ましてや、運動部のマネージャーで帰宅部だった中学の時よりは運動量が増え体力がついたといっても、微々たるものだ。何よりスーパーの袋の手提げ部分のビニールが細い紐状になり手に食い込んで痛い。肩掛けができるエコバッグを持参すべきだったと後悔。重い足の一歩を、まず右に進めるか左に進めるか、右左右、さらに右左と左右確認。
今時小学生でもこんな厳重に左右確認しないだろう。こんな余計に右左よそ見していたら車が来てしまい、いつまで経っても先へ進めないだろう。今の私は違う状況で進めていない訳だけど。そもそも進む方向は本当にこの二択なんだろうか。後ろに引き返す。それが正解の可能性は? あ、やばいこれじゃあどこにも進めない・・・。
落胆し頭が項垂れ、溜め息がこぼれる。ああ帰りたい・・・。


「あのー、何か困りごとですかね?」

「!?」


背後から声を掛けられ、誰もいないと思っていたからこそ吃驚した。


「あ、悪い。驚かせたか?」


救世主現る!?この人に聞けば帰り道がわかるかもしれない!
振り返るとランニング中だったのだろうか。指定ジャージと思われる赤のハーフパンツに黒の半袖Tシャツを着た背の高い男の人がいた。恐らく同じ高校生で一個か二個上くらいかな。つり目で、頭は不思議な形に逆立った黒髪。一見不良のような怖さがある。いやでも見た目で判断してはいけない。
なによりこの人は、困っている私を見て声を掛けてくれた。
本当に怖い人や無関心な人は、困りごとですか?なんて声を掛けず通り過ぎていくだろう。私だったら、この状況で困っている人がいたら、容姿にも寄るが若い人だったらそのまま通り過ぎてしまう側の人間だ。というよりこの状況下で困っている人の悩みなんて道に迷ったのだろうかと推測ができる。寄って私が声を掛けたところでどうにもならないことは明白。かえって私の余計な親切心が相手の迷惑になりかねない。


「大丈夫?」


振り返っても反応のない私に、いよいよ不信感を抱かれてしまったかもしれない。
迷子だなんていい年して恥ずかしいとか言っていられないし今更だ。
早く返答しなければ!


「あの、大丈夫じゃないです・・・道に迷ってしまって」

「あー、やっぱり。挙動を見てそうかもって思った」

「お恥ずかしながら・・・」

「んー、でも俺、地元民じゃないからここら辺詳しくないんだよなー」


え!詳しくないのにお声を掛けてくださったのですか!どこまでお優しいんですか!


「一応地図ならあるんですけど」

「え、地図あんの?」

「はい、でも見るのが苦手で・・・現在地がそもそもわからないし・・・」

「ちょっと見せて」

「はい、すみません・・・」


目的地を指差し伝えると、彼は地図を真剣な目つきで辿り、地図上に指を滑らせた。
その横で進む指を追って見ていると一分もしない内に、お、わかった。と彼はこちらを向いて顔を上げた。思っていたよりも間近で目が合ってしまい少し心臓が跳ねた。


「え、あっもうわかったんですかっ?」

「現在地はここ。そんで目的地は、ここだろ?」


彼は地図上の道路を指で辿って見せ、最短の道で目的地まで示してくれた。
そして彼は言った。


「俺に会えて良かったな」

「っ!?」


先程よりも強く心臓が飛び跳ねたのが分かる。
私にとって地図を見てすぐ道が分かるのも尊敬でき格好いいと思うが、彼は容姿も整っていたので、割り増しに格好良く見えた。ただその一言を言い放った時の表情を言葉で表すなら、ニヤリ、だ。だけど、その表情は彼に合っていて。
からかいを含めた決め台詞といった感じだが、私の目には格好良く写った。


「はい!よかったです!!」

「!」

「これでやっと帰れます本当にありがとうございました!!」

「どーいたしまして。・・・ところで、合宿中なんだ?」

「えっあ、はい!バレー部で私は買い出しに」

「ふーん。バレー部ね」


彼は私の格好を上から下まで見て言った。


「あ、男子バレー部のマネージャーなので、そんな鍛えられた体してないですよ!」

「いや、肉付きなんて見てませんー。初対面の女子をそこまで見てたら変態でしょーが」

「あ、なんだ。スポーツ部の割に貧相だなとか思われたのかと」

「・・・」

「いや、なんでそこで黙るんですか」
しかもその視線。明らかに私の胸元だ。そういう意味合いで言ってないんですけど。

「あ、すみません」

「そこで謝らないでください。私すごく惨めじゃないですか」

「プックク・・・そんじゃ気ーつけて帰んだぞー」

「笑わないでください!!ってもうこんな時間!」


そんな長い時間立ち話をしていた訳じゃないが、随分な時間迷子になっていたようだ。
彼に会えていなかったら、誰かが探しに来てくれるまで帰れなかったのではないか。


「本当にありがとうございました!それじゃあ私はこれで!」

「おう、じゃあまたなー」

「はい!って・・・え、またって。私、また迷子になる前提ですか!?」

「え?俺がまた迷子になった所に偶然通りかかって道案内する前提?」

「あ、そっか。それはないか。ん?よくわからないけど、行きますね!」


私は彼の横を通り際に手を振ると、彼は手を振り返してくれた。
そこから案内してくれた通りの道を辿って行くと十分ほどでようやく合宿所へ帰り着いた。名前を聞いておけばよかったかなとも思ったが、恐らく再会するはずもないかと、「また」と言った彼の言葉の意味を少しの間思考するも、私の帰りが遅いのをとても心配してくれていたらしいバレー部のもう一人の女子マネージャーに抱きつかれたのと同時に飛んでいった。





.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ