D.Grayman

□「願い事」
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季節は夏に近づいていた。しかし、その日の晩は、まだ梅雨の時期の余韻を残し空気は重たい。
 今か今かと、雨が降るか降らないかのところをギリギリで保っている外気は湿気を含み、ムッとして、全身にまとわりついてくる。まるで、身体が結露したみたいに肌がじっとりと汗ばむ。
 黒の教団の自室で休んでいたアレンは、あまりの息苦しさに耐えかね、部屋を抜け出した。
 小さな明かり窓があるだけの密閉した部屋より、まだ幾分がマシだろうと出たはいいが、教団の内部もそう変わらないもので、アレンはうんざりと汗でしっとり湿っている前髪を掻き上げた。
 せっかく、お風呂で汗を流したのにこれでは意味がない。かといって、また入っても同じ事の繰り返しで飽きらめた。
 どこに行こうとかと迷った末、冷たい飲み物でも飲めば、少しは気分がよくなるかもしれない。そう思いついたアレンは食堂に足を向けた。


 時計の針もだいぶ刻んだ真夜中、一定の間隔で置かれているランプが唯一の灯りの回廊は、それでも薄暗く、後ろと前は真っ暗闇で不気味さを漂わせていた。
 知る人ぞと知る、今にも崩れそうな気高い崖の上に、さらに天を貫くように建っている黒の教団の塔の内部は、筒のように真ん中が地下から最上階までが吹き抜けになっている。そこに、ピラミッドを逆さにしたエレベータが行き来をしている。地下には、ヘブラスカが居る層があり、さらにその下は地下水路になっている。任務に出る教団の人間はそこから船で行き来するのだ。けれど、今は、そのエレベータも止まっており、しんと静まり返っている。
 少し手摺りから身を乗り出し覗けば、下はひたすら真っ暗で谷底のようにどこまでも底が見えない。特に、こんな真夜中はぞっとするほどだ。
 地下水路から入り込む風の音が、吹き抜けに反響し低く、まるで化け物のうなり声のように地響く。慣れた身でも、そのおびただしいものには、そそくさと目的地へ向かわせてしまう。
 それはアレンも同様で、あえて気にする仕草をせず、早足に階段降りていった。
 飾り窓から見える空は、異様なほど近い。それに、霧だっているせいか夕刻からあまり暗さは変わらず、薄暗いままだ。星も月も出ていない。
「早く、降り出さないかな」
 ふぅと息苦しさに息を吐き出す。
 なにもしなくてもじんわりと汗がにじみ出てくる。じっとりと嫌な暑さだ。全体に、空気が重く、全身に水を掛けられているかのように肌に湿気が張り付く。
 なかなか、降らない雨に焦れったさに苛立ちが募っていく。キリキリとしても仕方ないのだが、気分は叫びたいことこの上なかった。
 だいたい、これだけ設備が整っている教団に、空調設備がない事の方が可笑しい話だ。他のみんなはどうしているのだろうか。不思議になってくる。
 食堂がある階まで降りると、ほのかに灯りが洩れているのが目が入り、吸い寄せられる。薄暗く、ジメジメした所を移動してきたせいか、ほっとする。
 食堂は深夜に任務から教団に帰ってくる人が大丈夫のように、24時間、明かりが灯り続けている。さすがに料理長のジェニーさんは休んでいるが、帰ってきて灯りがある、それだけで人はどこか安心するものだ。
 誰かいるだろうか。アレンはひょこと顔を覗かせた。
「アレン君??」
「わっ!!」
 すぐ近くで声が飛び込んできて、アレンはビクンっと身体を竦ませた。
 相手も、そんなアレンの様子に一瞬目を張り、次にクスクス可笑しそうに笑い出した。
 さすがに恥ずかしくなってアレンもそれを誤魔化すように笑う。
「ごめん、アレン君。脅かすつもりなかったんだけど」
「いいえ。大丈夫です。さすがにこんな所に人がいるとは思わなくって。それよりリナリー。こんな時間になにをしているんですか??」
 見たところ、何かを食べたり飲んだりしている様子はない。任務帰りでもないだろう。リナリーとは、昼間話したばかりだ。
「アレン君こそ。休んだんじゃなかった?」
「いや。暑くって寝れなくて。どうかしてほしいですね、この気候」
 これみよがしにうんざりとしてみせるとリナリーも納得したのか、賛同してくれる。
「そうだよね。こんな暑さじゃ、寝れたもんじゃないか。でも、大丈夫よ。あと少しの辛抱だから」
 どうゆう意味だろうか。
 にこにこと笑うリナリーは、こんなにジメジメとしているというのに、どこか涼しげに見えた。
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