□触れ合う小指
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 触れ合う小指





鼻をくすぐる独特な匂い

白地に藍で宿の名を染め抜いた浴衣

カラコロと石畳に響く下駄の音

名物が所狭しと並べられた店先


ああ、これぞ温泉街――

カカシはつくづくと感じる。
温泉など何時ぶりだろうか。
とにかくついぞ思い出せないくらい久しいのは確かだ。

「カカシ先生!宿、見つかったってばよ!こっちこっち!」
「あー、分かった分かった」
何時ものように、カカシは賑やかな同行者に呼ばれ、のんびりと返した。
「もー先生!早く来ねーと時間がもったいないってばよ!」
「ナルトー。そんなに焦らなくても、温泉は逃げやしないよ」
…あいつは何だってこんなにせっかちなのかね。
ひっそり呟いてみる。

ナルトに急かされながらチェックインを済ませ、案内された部屋で一息ついた。

「へえ、中々いい部屋じゃないの」
「うん…って、先生!何してんだってばよ!?」
早速ごろりと横になってイチャパラを開いたカカシを、ナルトはさも不満げにとがめる。
「何って…見て分かるでしょ?」
「分かるけどさ。せっかく、ふ・た・り・で!温泉来てんのに何でイチャパラなんだってばよ!」
“二人”の部分をあえて強調してきたナルトの言わんとするところは、もちろんカカシにも分かっている。
「あ!そっか!うんうん、分かったってばよ。先生ってばイチャパラ読んでリハーサ…ってえ!!」
皆まで言わせず、頭に一撃食らわせてやった。
「誰がリハーサルだ。この馬鹿。オレはのんびり休みたくてここに来たんだからな」
ナルトが涙ぐみながら見上げてきたが、構わず再び愛読書を読み始める。

ナルトはしばらく恨めしそうに見つめていたが、カカシに動く気がないのを悟ると、ごそごそと宿の浴衣を取り出して着替え、同じく屋号の入ったタオルを手にして、
「夕飯まで露天風呂入ってくる」
と言い残して部屋を出ていった。

一人部屋に残ったカカシは思う。

別にイチャイチャするのが嫌なのではない。
呆れるほど強引にしつこくしつこく言い寄ってきたからとは言え、ま、曲がりなりにも付き合ってる訳だし。
今回だって、本当に留年ギリギリだったあいつがやっと卒業してくれたから、記念とご褒美に旅行でも行くかとオレの方から言い出したんだし。

けどなあ…
知り合いには会わないとしても、男二人で温泉街ぶらぶらするなんて、どう考えても恥ずかしい。
友達と言うには歳が離れすぎてる。
兄弟と言うには明らかに似ていない。

ここまで考えて、カカシは軽く落ち込んでしまう。
そう、客観的に見た自分達の姿を。
どう見ても、釣り合っていない。

学校にいる時は、教師と生徒と言う非常に神経を使う立場だった。
けれど、言いかえれば一緒にいて何の不自然さもない立場だったのだ。
今は―――
確かに教師とその教え子というしがらみはなくなった。
これまでのしがらみが無くなった自分達を繋ぐものは何だろうか。
これからは、互いの気持ちだけなのだと思うと、カカシはいい知れぬ不安に駆られた。







仲居が部屋に夕飯を運んでいる最中に、ナルトは帰ってきた。

「ただいま〜。うわ!すっげえうまそう!腹減った〜」

屈託のない物言いには機嫌の悪さは感じられず、カカシは内心ホッとする。
せっかく旅行に来ているのだ。
ギクシャクした食事などとりたくはない。

「後は自分達でやるので。終わったら呼びますから」
仲居にそう告げ、二人きりになるとナルトは口を開いた。

「先生、メシ食い終わったらさ、外、散歩しねえ?」
そこで少し間を置いて、言葉を続ける。
「今だったらさ、あんま人通りもねーし、暗いから気になんねえだろ?」

……ああ、まただ。
いつもは強引なまでに入り込んでくるやつなのに。
オレの心の小さな引っ掛かりは見逃さない。

14も年下のこいつに…照れも意地も少しづつ削り取られていくようで。
オレは癪に障りつつも、ナルトに侵食されていく心地好さを手放せない。

「……いいよ。今度はオレも一緒に露天入ろうかな」
「…イヤ、それはちょっと…俺が困るっていうか…保たねえっていうか…大体他のヤツに先生の裸なんて絶対!見せたくねーし」
「…あのなあ…こんなオッサンの裸見て興奮する変態はお前くらいのもんだからな。そんなのがゴロゴロいてたまるか」
ジロリと睨んでやると、
「そうだってばよ。俺ってば雨に濡れた先生見た時から、自分が変態だってことは自覚してっからさ」
そう言ってナルトはニシシと笑った。

「馬鹿な事言ってないでさっさと食べろ」
カカシはナルトが初めて告白してきた時の事を思い出し、頬の熱さを隠すように箸を動かした。







春とは言えまだまだ冷たさの残る夜空の下、カラコロと下駄の音が響く。

手をつなぐ事も、ましてや腕を組む事も出来ないけれど。
二人で耳に心地よい音を鳴らして歩くのは快かった。

浴衣の袖を肩まで捲ったナルトのむき出しの腕は、出会った高1の時よりも見違えるほど逞しくて、もう子供ではないのだと知らせている。

「お前、そんな格好でよく寒くないねえ」
「いーの!冷えたら先生にあっため……いってえぇ!!」
「調子に乗るんじゃないの」
「ひでえ〜!ちょっと言ってみただけじゃんか」
「いーや。結構本気だったろ」
「…あはは…や、だってさ、温泉旅行って言ったら夜のお楽しみだろ?」
「だから、オレは休みに来てるって言ってるでしょ」
「マ、マジで?!ホントに、そんだけ?」
焦ったナルトの顔が可笑しくて、「さあな」とはぐらかしてやった。
「じゃあさ、ちょっとだけ、手、繋ぐのは?」
「イ・ヤ・だ」
あからさまにがっくりうなだれるナルトを尻目に、
「お、そこの足湯にでも浸かるか」
とさっさと座りに行く。
さり気なくナルトの手を掴んで引っ張ってやれば、驚いた顔をすぐにほころばせた。

その、嬉しさをいっぱいにためこんだような顔を見て、カカシの胸は温まる。

木のベンチに隣り合って座る老夫婦の横に腰を下ろして、ちゃぷりと湯に足を浸けると、じんわり染み渡る熱がたまらなく気持ち良かった。

「先生、すんげー気持ちいいな」

「ああ」





ふ、と小指が触れ合う

絡ませたい衝動を抑えて

少しかじかんだ冷たい指と触れ合う


いつまでも、こうしていたいと願う



いつまでも、共にいたいと願う



触れ合う小指に、誓う







後書へ続く
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