歯医者さんシリーズ

□潮音<しおのね>
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 音








「でさ、そん時サスケが……あれ、先生…?」


……先ほどまで、そうか、とか、うん、とか返されていた相槌が不意に途切れた。




やっぱり…先生、寝ちまってる。

また最近忙しいみてーだもんな…。

ガッカイだか何だかの準備で、夜もロクに寝てないんだろう。


でも、そんな疲れてんのに、俺との時間を作ってくれてんだよな。


…何かさ、こう言うの…“付き合ってる”って感じがする。



疲れが溜まっているカカシの身を案じながらも、恋人として見てくれているのだと言う喜びを噛み締める。



そして、そっと近寄り、ソファーにもたれて静かに寝息をたてるカカシの顔を眺めた。



……先生の顔、やっぱ好きだな……


普段お洒落にはまったく興味のないカカシであるが、マスクの下に隠された顔立ちが整っているためか、飾り気のないシンプルな服が不思議なほど引き立っていた。



…なーんか、ずりいよなあ…
カッコイイと何着てもサマになるんだもんな…


と、本人には責任のないところで文句をつけたくなってしまう。



起こさないように気を使いつつ、目にかかっている長めの前髪をかき上げてみる。


銀髪の下にいつも隠されている、左目。

痛々しいほど大きく傷痕が残る左目。



その、大きな傷痕をなぞる。



「……ん…」


ピクリと反応したカカシに驚き、咄嗟に指を離した。


目を覚ました訳ではない事にホッとして、再び見つめる。




決して小さくはない、この傷。


何があったのだろうか…
事故で?


だが、昔から喧嘩を繰り返していたナルトにとって、その傷口は何度も見た覚えがあるものだった。


まるで、鋭利な刃物で切られたような傷。


出会ってから二年以上が経っても、ナルトはまだその傷の訳を聞けずにいた。

軽く話題に上らすことができない重さが、秘められているような気がして。















ナルトは寝入ってしまったカカシの顔を、飽きることなく眺める。



先生、ちょっと痩せたな……


いつもはマスクに隠されている素顔は、惜し気もなくさらされていた。


風呂上がりの、幾分上気した肌。

無防備な寝顔。

連日の睡眠不足のせいか、少しだけかさついた唇。




――…あー、舐めて、キス、してぇ……



できることなら、この細いけれどしなやかに筋肉のついた躯を、思い切りかき抱いてやりたい。
そして、そのなめらかな肌に手をすべらせ、どこにだって口づけてやりたい。

息が続かなくなるほどキスをして、舌を吸い上げたい。

頸の匂いをかいで噛み付いてやりたい。
身体の奥まで、すべて目にして知りたい。




ナルトは自分がホモだのゲイだのというものではないと自認している。

カカシに惹かれてしまってから随分悩んだし、己の性癖を疑ったりもした。

だが、身近な男友達…例えば、シカマルやキバを見て欲情するなど有り得ないし、想像しただけで気色悪い。

カカシだとて、どう見ても女っぽい顔や身体などではない。

しかも180以上ある長身で、細身とは言え、立派な男の躯をしている。
容姿は整っているが、普段は人前で取る事のないマスクに邪魔されて、ほとんど分からない。




それでも―――



―――こんなに欲しくなんのも、ずっと触れていたいと思うのも、先生だけだ。


……けど、無理だよなあ…



付き合い始めてから、もうすぐ三ヶ月…

まだ、軽いキスすらしてねーもんな、俺達。



もちろんナルトとて、これまで経験がない訳ではなかった。
恋愛すらろくに知らないのに、過去、(好きでもないのに)付き合った女は無数にいたし、誘われてセフレになった相手だっていた。人間、堕ちようと思えばいともたやすく堕ちるのだというのは、身に刻み込まれている。


男だから、溜まっているものを出せばすっきりするし、溜まればまたしたくなる。
そういう、気持ちの伴わない行為ならば、数え切れないほどやってきた。



だが、本当に大切な人には、軽々しく手を出せない。


カカシを目の前にすると、欲しくて触れたい欲求と、それを押し止めようとする心が攻めぎ合う。


そしていつも、焦って暴走してはいけない、傷付けたくない、という気持ちが勝るのだ。




―――先生が男同士ってとこにこだわんのも、不安なのも、よく分かる。

俺だってヤられる方だったら、きっと怖いと思う。

けどさ、俺は先生に抱かれるより、先生を抱きたいと思う訳だし。


力ずくでムリヤリなんて、ぜってー嫌だしさ。




……先生には笑ってて欲しい。




先生にあいつらみてーな目で見られたら……俺、どうしていいかわかんねぇってばよ。


嫌悪

恐怖

侮蔑


これまで幾度となく向けて来られた表情。


だがそれは、当たり前の反応だ。
力で反発を押さえ付けたり、圧倒したりする者に、心を開く人間などいない。


待っているのは“孤独”だけだ。





たくさんの人間を傷つけて、自身が傷つくのも構わなくて。

そんな風にしか生きてこられなかった自分。



―――先生だけは傷付けたくねぇから。



出会って間もない頃、カカシが言ってくれたように

『太陽に向かって手を伸ばしてる』

そんな人でありたいと思う。



俺は、この人に恥じない男になりたい。



…もう何度も噛み締めた想いを、また新たにして。


明日も早朝からバイトだ。名残惜しさを感じながらも、ソファで寝入ってしまっているカカシに薄い布団をかける。



おやすみ、先生。
と、声をかけ、ナルトは部屋を後にした。
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