歯医者さんシリーズ
□瞬間<またたくまに>
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クリニックの中に入り、綺麗で落ち着いた待合室を通って受付に行く。
「あの〜〜スンマセン」
俯いて何か書いてたらしい、受付のお姉さんが顔を上げ、ニコリと微笑んで答えた。
「はい、今日はどうされましたか?」
うおっ!!!すげえ美人!!真っ黒な髪に、気が強そうな紅い瞳。
歳はいくつくらいなんだろ。
20…7、8くらいか…?
いや、もっと上かも。女の人のトシは見た目じゃわかんねーからな。
「当クリニックを受診なさるのは初めてですか?」
まじまじと見る俺にかまわず、受付のねーちゃんは話しを進める。
見られるの慣れてんだな、この人。
「あ、えっと、来るのは初めてだってばよ。…じゃなくて初めて、です」
「はい、では保険証を出して下さいね。どこか気になる所がおありですか?虫歯とか?」
「あ、いや、虫歯じゃなくて、歯が折れちまったから…」
「あら、それは大変ね。今ちょうど空いてるから、すぐに診てもらえますよ」
確かに周りを見ると、待合室には一人おばーちゃんがいるだけで、混んでる感じはない。
どかりとソファに腰を下ろし、名前が呼ばれるのを待つ。
生まれて初めての歯医者で、少しの緊張と物珍しさでキョロキョロと辺りを見回してみる。
白い壁と黒いソファ。モノトーンなのに無機質な感じがしないのは、あちこちに置かれた観葉植物のおかげだろうか。
無造作に置かれてるようで、インテリアとして自然に溶け込んでる。
周りには意外だと驚かれる(…よく考えたら失礼じゃねえ?)、俺の趣味の一つは植物を育てる事だ。
だから、ついつい目がいって観察モードになってしまう。
植物には自分の気持ちや育て方がそのまま伝わる。
ここの緑は大切に手入れされてることが感じられた。
引き寄せられるように植物の側へ行って、葉っぱを手に取って眺めてた俺に、受付のねーちゃんが話し掛けて来た。
「君も植物好きなの?ここの緑たちは、先生が全部育てたのよ」
「そうなんだ…大事にされてんの分かるってばよ」
植物を大切に育ててる、それだけで俺の中での『先生』の好感度はすんげー上がった。
まだ会ってもないのに、我ながら単純だと思うが、植物を好きな人間に悪いやつはいねえ(俺を含み)。
一人でこっそり笑ってると、名前を呼ばれた。
この歳になって歯医者を怖がるわけじゃねーけど、キバにおどかされたせいもあって、ちょっとだけ緊張するな。
だってあいつ、めっちゃくちゃいてえとか言ってたし。
いやいや、ここの先生は植物を愛する優しい人(なはず)。きっと無茶な事はしないよな。
なんて、ごちゃごちゃ考えてる内に診察室へ案内されて、治療用の椅子へ座らされた。
「うずまきナルト君ね。歯が折れてるんだって〜?」
やけにのんびりした話し方をしながら、先生がやってきた。
「あ、そうなんで…、す…」
近づいて来た先生を見て、俺は言葉が出なくなってしまった。
なんでかって?
俺にもわからない。
いや、この時には分からなかったんだ。
ただ、思ってた感じの人とは、全然印象が違ってたのは確かで。
植物好きって聞いてたから、何となくおばちゃんか、じーちゃんの先生を想像してた。
先生は銀色の髪をしていた。
背が高くて細い、すらっとしたスタイルだ。
顔は…マスクしてっから全部は見えねーけど、ちょっと眠たそうな灰色の瞳。左っ側は前髪に隠れ気味になってる。
「ん?どしたの?」
俺が固まったまま見つめてると、先生は不思議そうに首を傾げた。
その仕種も、何でかわからないのに、くっきりと目に焼き付いた。
何だろう、これ。
目が離せなくなる
「…うずまき君、ちょっと、どうしたの?オレの顔に何かついてる?」
「はっ、いや、その、何でもない、です…」
「そう?ま、いいけど。はい、ちょっと口の中見せてね〜」
ハッと我に返った俺を、先生は不審な目付きで見たが、すぐに治療を始める事にしたらしい。
「ん〜、これは見事に折れてるねぇ。顔もかなり腫れてきてるし、喧嘩でもしたの?」
「……ひゃい」
口を開けたまましゃべるのって相当マヌケだ。
そう、受付のねーちゃんはあえて突っ込んでこなかったけど、俺の顔は明らかに殴られました、っつー状態になっている。
歯は折れてるし、口ん中は切れてるしで、結構出血もしてる。塩気まじりの鉄の味が口いっぱいに広がってて不味い。
「ん〜、青春だねえ。ダーメだよ、あんまり無茶しちゃ」
ちっともたしなめてる口調じゃないけどな、先生。
「ま、綺麗に折れてるし、出血もしばらくしたら止まるだろうから大丈夫でしょ。傷が塞がったら、さし歯入れようね〜。今日は綿詰めとくから、出血が止まるまで取らないようにね」
「ひゃい」
「じゃあ、また一週間後に来てね」
のんびりした喋り方だけど、先生の声は耳に心地いい。
マスク越しでも、くぐもってないし、聞き取りやすい。
落ち着く、っつーか…殴られた事思い出して、またムカついてきそうだったのに、先生の声聴いてる内に心が静まっていった。