歯医者さんシリーズ

□蕃茄<とまと>
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 茄







はたけ歯科クリニックは、シックで洗練された内装ながらも落ち着く、と患者からの評判も上々だ。

要所にダークトーンの木材が使用され、観葉植物がうるさくない程度に置かれている。

老若男女問わず歯医者を嫌う者は多い。
特に大人は昔ながらの、どことなく消毒薬の匂い漂う薄暗い待合室に入ると、生理的な嫌悪感を催す治療機械の音とこれから受ける精神的・肉体的な苦痛を否でも想像してしまい、気が滅入ってしまう者も少なくない。

ところが、はたけ歯科クリニックの場合、一歩中に入れば、歯科医院らしからぬ心安らぐ空間が広がっていて、それまで不安げだった患者も、不思議と居心地良く感じるのだ。

折れた歯の治療が終わっても、足繁く通い続けるナルトの目にも、そういった患者達の変化は如実に見て取れた。

ナルト自身も、最初にここを訪れた時、清潔さと温もりを感じたものだ。



「紅先生、今カカシ先生には会える?」

「あら、ナルト。いいタイミングで来たね。カカシならついさっき午前の診察が終わって、お昼食べてるところよ」

「サンキュ!入ってもいい?」

「どうぞ。…あ、でも先客が…って、聞いちゃいないわね」


受付の紅の声を背中に受けながら、コンビニの袋を手に奥へ進む。
あわよくばカカシと一緒に昼時を過ごそうと、袋の中にはカップラーメンとおにぎり二個(ツナマヨとカルビ焼肉)、メンチカツパン。
それと牛乳。どうしても身長を抜かしたい相手がいるナルトにとっては、毎食欠かせない。

勢い良くスタッフルームのドアを開けようとして、以前カカシに「ノックくらいしなさいよ。これ紅だったらぶん殴られるぞ」と叱られた事を思い出す。
先ほど受付にいた紅が中にいるはずもないが、改めてノックをしようと拳を握った瞬間、聞き覚えのある声が中から聞こえてきた。


「…先輩…好きです…」

「…好き、だよ。オレも…」

ただならぬ秘めやかな気配と台詞に、ナルトの身体が凍り付く。


「…食べても、いいですか…?」

「…ん、いいよ…もともと、お前のものなんだから…」

「先輩の…赤くて、綺麗です。すごく可愛くて…もっと食べたくなる…」

「あ、…いじるな、よ。…そんな強くしたら、つぶれちゃうでしょ…」

「つぶれて溢れたら、全部吸ってあげますから。…先輩だって、好きなくせに」

「バカ…テンゾ…」


スタッフルームの中で何が起こっているのか。
考えたくもなかった。
このドアを開けたら、取り返しのつかない事になりそうで。
なのに体は勝手に動いていた。

「なに、やってんだよ!!!」

乱暴に開けた扉の向こうには、植木鉢に植えられた真っ赤なミニトマト。

それを間にして向かい合う、カカシと…先客の姿。


「ん?ナルト、どうしたのそんな大声出して。びっくりするじゃない」

「やあ、ナルト」

びっくりすると言いながら、少しも動じたところのない二人に、むしろのんびりと声を掛けられる。

「…ヤマト隊長、カカシ先生と何やってんだよ」

剣呑に問う自分と、不思議そうに顔を見合わす二人の温度差に苛立ちがつのる。

「何、って…ボクが育てたトマトを、先輩にプレゼントしに来たんだよ。ほら、美味しそうに熟れてるだろう?」

「トマト…?」

「そうだよ。オレがトマト好きだって言ったら、ちょうどベランダで育ててるのがあるから、って持ってきてくれたんだよ。オレもテンゾウみたいに育てようかな。うん、うまいよコレ」

「先輩にそう言ってもらえると、ボクも育てたかいがありますよ」

何の疑いもなく無邪気にトマトを口に放り込むカカシと、その姿をやけに嬉しそうに笑って見ているヤマト。

一見ほのぼのとした雰囲気に毒気を抜かれそうになるが、ナルトは誤魔化されまいと気を引き締める。


まぎらわしいことしてんじゃねえってばよ!
つーか、ヤマト隊長…絶対、確信犯だろ。

やっぱ、アスマ先生や紅先生なんかより、ずっと危険なのはこの人だ。


カカシの後輩にして、このクリニックの設計士であるこの男。
その、愛敬があるくせにどこか油断のならない猫を連想させる顔を正面から見据え、危機感を新たにするナルトだった。







後書に続く
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