□曙紅
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「これにて任務終了!だってばよ」

弾んだナルトの声に反して、闇色に沈んだ辺りは血と焼け焦げた臭いに包まれていた。

殺意を持って向かってくる、数え切れない程の人間を切り、焼き、屠っていく。

血脂などでは、決して切れ味が鈍る事のない刃も、目に見えぬ“死”の臭いに包まれているようで。
里のためにどんな任務でもこなす忍とは言え、己の中に少しずつ暗闇が溜まっていくのを感じる。

けれど、忍である限り繰り返される日常。


「サスケ!殲滅も終わった事だし、とっとと里に戻ろうってばよ!」

「…ああ」

重さを感じさせないナルトの声色を羨ましく思いながら同意する。

一刻も早く帰って、洗い流したかった。
浴びていないはずの帰り血を。
そして何より、女々しく感傷的な心を。






 曙 紅







里を目指し、木々の間を縫って駆けて行く。

あと何里かに迫った頃、先をゆくナルトの足が不意に止まった。

何事かと不審に思っていると、
「わりい、サスケ。ちょっと道草してもいいか?」
そう言ったかと思うと、ナルトは針路を東にとって足を速めた。

「おい、ナルト!一体どこへ行くつもりだ?」

「いいから、付いて来いってばよ」

訳の分からぬまま、オレは後を追った。



間もなく森が途切れ、いきなり視界が開けた。
ナルトの足もそこで止まる。

「お前、どういう…」
「もうすぐだから、ちょっと待ってろってばよ」

問い掛けは、有無を言わさぬ言葉に遮られた。


ナルトと二人、無言で“もうすぐ”を待つ。



辺りがうっすらと白み始めてきた。

闇色だった空は、ぐんぐんと透明感が増していく。



やがて―――



霞む山々の間から、光が零れ出す。

青紫の雲を染める、紅い赤い輝き。


それはまるで……闇を払う命の色そのものだと感じた。


いつの間にか、ナルトが寄り添うように隣に立っていた。


「なあ、サスケ。…俺達はたくさんの命を奪って来た。きっと、これから先も」

オレは無言で肯定する。

「…俺だって、忍の世界を変えてぇのに、血を流して、屍を踏み越えなきゃなんねえ毎日が悔しくて情けなくてたまらねえんだ」

……そうだ。
真っ直ぐに夢を掴もうとしているこいつにとっても、辛くない訳がない。
火影を目指すナルトならば、オレよりたくさんの想いを抱えているだろう。

「けどさ、いや、だからこそ、俺は奪って来た命の一つたりとも無駄にしたくねぇんだ。…全部、背負って行く。そいつらのためにも、絶対に諦めねえ」


東雲色に照らされ、金の髪を燃えたたせるナルトの顔に見惚れながら、オレは思う。

こいつを輝かせているのは、夜明の太陽ではなく――何よりも強い意志。
今は失き師から受け継いだ『ド根性』ってやつだな、と自然と口元が緩む。


「昔さ……お前がずっと遠くにいて、心も見えなくて、もう二度と俺ん所に戻って来ねーんじゃねぇか、って何度も不安で苦しくなった時、これに救われたんだってばよ」

眩しそうに目を細めて、朝焼けを見つめるナルト。

あの時の事を思い出すと…オレは未だに罪悪感に苛まれる。
己が犯してきた罪への後悔ではない。
どれだけ愚かな行いをしてきたのか…それらは全てオレの責任で、オレ自身が償っていかなければならない事だ。

だが、ナルトの手を――オレに向かって必死で伸ばされた手を、何度も何度も振り払ってしまった事は、後悔してもしきれない。


オレは、ナルトを深く傷つけた――…


なのに
それでもお前は、諦めずに手を伸ばし続けてくれた。

その事を想うと、“恩”や“感謝”などと言う言葉では到底表し切れぬ想いで、オレの胸は一杯になる。

ナルトは穏やかな声で言葉を紡いでゆく。

「どんだけ憎しみに染まっちまっても、お前は俺の側に帰って来てくれた。…だからさ、明けない夜はねぇんだってばよ、サスケ」


―――ハッとした。

こいつは、さっきオレの気持ちが沈んでいたのなどお見通しで、ここに連れて来たのだ。

改めて、あまりに好きなのだと自覚してしまっては、まともに顔が見れなくなってしまう。
喜びに震える心を押さえて、オレはくるりと背を向けた。

「サスケ?」

「…フン。陽が高くなる前に、早く帰って寝るぞ」
我ながら可愛いげのない反応だ。

だが
「え!?それってさ、早く“一緒に”寝たいって事?」
ニヤリと雄の貌になったナルトが笑う。

「ば、バカか!そんな事言ってないだろうが」

素直な欲望を言い当てられたようで、否定しながらも、ナルトの身体の熱をありありと思い出してしまう。

「サスケ、耳が赤いってばよ」

「うるさい」


「帰る前にさ、ちょっと味見させて」
ぐいっと腕を掴まれ、あっという間に腕の中に包まれ、口づけられた。

思ったよりも軽いキスに、内心がっかりしたなんて、とても言えない。

そのまま唇が触れ合う近さで、ナルトが囁いた。


「サスケ、愛してる」
と―――



オレは、この胸に帰れた喜びを噛み締める。

それは――眩暈がするほどの、幸せな朝だった。








後書へ続く
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