並行する宇宙のひとつ

□図書館の杜
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薄暗く、古い書物の匂いに満たされたその場所が昔から無性に好きだった。





図書館の杜






自慢じゃないが子供の頃から何をしても人並み以上にはできて、望みもしないのに人並み以上に熱い眼差しを向けられてきた。

だけど逆に言うと、何をしてもピンと来なかった。
厭味と言われても仕方がないけれど、これは事実。


そんな周囲の期待を余所に、取り立ててやりたい事もなく過ごしていた中学最後の夏休み。
決して大げさではなく、人生の転機としか言えない出来事が訪れる。

その日も、古くから町にある図書館で過ごしていた。
取り留めなく、興味をそそられた本をとって、パラパラと頁をめくる。挿絵を眺めたり、或いは後ろから読んでみたり。
本を読むのが目的じゃない。
冷房を効かせている訳でもないのにひんやりとして、ひしめきあう数えきれない冊数の本達に囲まれた、この古い建物の雰囲気が心地よかった。

特に奥まった所にある専門書の棚に行く人はほとんどいない。おれは勝手に自分の場所を決めていて、毎回その席に座っていた。
一番落ち着く、自分だけの場所。
なのにその時初めて、先客がいたんだ。

何冊か心惹かれた本を手にして席に向かうと、お気に入りの場所はふさがっていた。本来自分のものではないはずなのに、何だか取られたような気になってしまう。
わざと音を立て、おとな気なく(実際まだ子供だったけどね)少々乱暴に先客の隣に席を取った。

―――今思うと、何故もっとさりげなく…恰好良く振る舞えなかったのか悔やまれてならない。
そうしたら、あの人のおれに対する印象は違ったものになっていただろうに。


俯いて本を読んでいた先客が俺の方を見る。
ガタガタ煩い、と厭そうな顔を向けられるかと予想したのに、彼は微笑んでいて。
てっきり白髪の年寄りかとばかり思っていたおれは面食らってしまう。

白銀の髪をうなじで一つに束ねて流し、瞳には夜を映したひと。

第一印象は『不思議』だ。

まず年齢不詳。
皺のない顔は青年に見える。
なのにどこか老成したようにも、どこか幼さを残しているようにも見えたから。

「こんにちは」
彼は穏やかに挨拶して、また、ふっと口元を緩ませる。

「あ…こ、こんにちは」
何故か吃ってしまった。普段から心臓に毛が生えてると言われるくらい、何事にも慌てないのに。

どうもこの人の雰囲気は苦手だ。

「あっ、それ!」
いきなり持ってきた本を奪い取られ、またもや驚いてしまった。
にこにこしながら表紙を撫でたり、開いて眺めたりしている。

何だろ、一体…

「君、この本興味あるの?」
本を眺めていたと思ったら突然問われて、おれは戸惑いながらも答えた。
「え、と…はい。興味と言うか…内容はよく分からないんですが、何となくこの人の文章が好きだな、と思ったので」
ざっと目を通したところ、独文学について時代の変遷とともに語っているものだった。
正直内容よりも、著者の文体に惹かれて手に取った。

「そうか……ありがとう」
いきなり礼を言われても。

一瞬考えてハッとする。
著者の名を見れば、『はたけサクモ』とあった。

もしや。

男の顔を見つめると、
「そう。それ、オレの処女作なの」
と言って彼は三日月のように目を細めて笑った。






―――とまあ、これがおれとあの人…サクモさんとの出会い。


まだ続き聞きたい?

ん、この話はね、まだせがれにもしてないんだ。

いずれあいつが、本当に大切なひとを連れてきた時に話してやろうかな、って思ってるから。


ん〜、何となく、近いような気がするんだよね。

結構当たるんだよ、おれの勘。




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