天井裏部屋

□跪いて、足をお舐め〜深紅の朝〜
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いて、
  をお




ゆっくりと浅い眠りから覚醒したカカシは、うつ伏せの身体を僅かに起こす。

嗅ぎ慣れた黄金の気配が側にいない事を確認すると、そっと隣に腕を伸ばした。

その場所のシーツを手繰り寄せれば、指先にヒンヤリした感触が伝わって来る。

「………」

カカシはゴロリと身体を返し、天井を見つめた。


時刻は、凛とした空気を携えて鳴く鳥の目覚めにも、まだ早く…身体はまだ眠りを欲していた。

そんな時間に目覚めた理由を知ってる。

火影が帰還してるから。

カカシは肺から込み上げて来た溜息を、脳裏に浮かんだ堕落の文字と共に押し殺した。

片腕を持ち上げ、その腕に隠れるように目を瞑り掛け、もう一度眠ってしまおうと思った時…。

忍の耳が、ヒタヒタと近づく足音を聞きつけた。

天井裏の影たちが侵入者を見逃す筈はなく…なのに静まり返ってる所を見ると、近づく主はただ一人。


ギィーと遠慮がちに開かれる火影の寝室の扉に、カカシは咄嗟に目を閉じ、寝た振りをした。

「………」

木の葉の里が開かれて以来、六番目のこの部屋の主は、まっすぐ近づいて来る。

こちらを覗きこみ、先生…?と、遠慮がちに呼び掛けられる。

僅かに舌足らずな信頼を含んだ声。

ナルトがアカデミーを卒業して以来、ずっと聞き慣れた声音。

殊勝な態度は、卑怯だと思う。

師の立場を手放すつもりのない自分は、顔を上げるしかない。


「………んっ、ナルト?」


多少の意趣返しを込めて、たっぷり時間を掛けて、目を開く。

「悪い、起こして」

「……入って来るなって言わなかった?」

カカシはどこかで、ナルトの訪れを期待していた事を自覚しながら、ゆっくりと上半身を起こす。

夜明けまでもう時間がない。

ナルトが望むなら、恋人の営みは出来ないが、隣で一緒に寝てやってもいい。


「オレ、我慢出来なかったってばよ」

「……」

「反省はちゃんとしてる。…怒ったってば?」

カカシは沈黙のまま、ベッドの淵に腰掛ける。

暗闇の中、夜目の利く目で見たナルトは、寝間着の上に羽織を着込み、一途な眼差しをぶつけて来る。

「いや…」

カカシはユルリと首を振る。

そもそも、怒りなどどこかへ行ってしまった。
それでも、喉元に未だ消化し切れない感情が引っ掛かり、上手く言葉にして返せない。

その隙に、ギュッと両腕で抱きしめられる。

「ようやく里に戻ったのに先生が側にいないなんて最悪…。オレ、いつからこんなに先生に依存するようになったんだろう」

カカシも緩く抱き返しながら、心の中で…オレもだよと返す。

淋しいなんて感情に、久しぶりに浸かってしまった。

全くいつからこんなに堕落してしまったのだろう。


「おまえ、今晩はどこに泊まったの? サイか?」

大人げないが認めたくなく、カカシは話の矛先を変える。

シカマルかサクラか…いやサクラは考えにくい。
彼らは男女を超えた親友ではあるが…節度はある。

「暗部の宿舎だってばよ」

「暗部の、宿舎?」

意外な答えに、カカシはオウム返しに尋ねる。

「うん、良かったら空き部屋を使って下さいって、アイツら言ってくれたってばよ」

「コラ、部下に迷惑掛けるんじゃないの」

カカシは、ナルトの額をペチリと叩く。

「でも…万が一に備えての危機回避とか言ってたってばよ。良く分からないけど、熱心に勧められたし」

「万が一…?」

カカシは影たちが、行きずりの女の部屋に泊まり、間違いを過ごす危険まで懸念してるのかと呆れる。

「ま、迷惑を掛けていないなら、それでいい」

絶対分かっていないだろう火影に、そう言えば…。


「先生がそんな風に言う程、アイツら気ぃ使ってないってばよ。だってオレに案内してくれたの、部屋の片隅に段ボールが積まれた、埃臭い部屋だもん。仮にも火影を招くのに、他に空いてないのかって言うの」

「ああ」

どの部屋か見当が付いたカカシは、可哀相にと苦笑した。

倉庫が一杯になったので、使用頻度が低い道具を収めた…要するにガラクタ部屋だ。

「でもさ、埃臭くて眠れない部屋でも、すっごい良い物見つけたっ! 返ってそこに招かれて良かったってばよ」

ナルトが纏う空気が豆のように弾けた。

異様なテンションに驚きながら、カカシは宴会の時の小道具とか、デザインが却下された暗部面とか、本当にガラクタとベッドしか置いてないあの部屋で何をと思考を巡らす……。

ひょっとしたら、四代目か自来也様の遺品でも残されていたのだろか?


「先生、足出して」

「足? 何、ナルト」

僅かに床から浮かせたカカシの右足を掴み、踵を抱えたナルトは、カポリと音を立て、冷たくしなやかな感触の…靴を履かせた。

同じように左足も。

「じゃじゃじゃーん。先生が昔宴会で女装した時に履いたハイヒール! ちゃんと先生のだって、影に裏も取ったってばよ」

「………」


茫然と視線を降ろすと、確かに高さ十cm以上の赤いハイヒール。

だが、そんな若気の至り、思い出せない。

過酷な職場環境程、酔えばタガが外れ易いと言う…。

その例に洩れず、暗部の宴会は何でもありで…酔った勢いで請われるまま、女装したのかもしれない。

「和装にハイヒールって…うーんもしかしたら新しい? 先生に履かせると倒錯的で昂奮するしぃ…」

「…つまりアレか? おまえはわざわざドデカイハイヒールをオレに履かせるために、追い出されたのに、戻ったって事か?」

カカシは闇夜に溶け込みそうなくらい、ヒソリと尋ねた。

「うん、そうだけど。……あれ、笑えない?」

思いがけず不機嫌な反応に、元悪戯っ子の顔色がスーッと白く変わる。

まるで重大な試験で、取り返しの付かない過ちに気付いたかのようだった。


カカシは恋人の胸倉を一瞬掴んだ後、肩を押す。

「わっ」

バランスを崩したナルトは、冷たい床にペタリと羽織を広げた。

「そこで大人しく悶えてて頂戴。望み通り踏んであげる…」

カカシは襟元の乱れを整え、危なげなくピンヒールで立ち上がる。

「あ、いや…先生? そう言う意味じゃあ…」


「頑張ってMになるって言ったよね。可愛い恋人のために、オレも協力してあげる。再起不能になるかもしれないけど、おまえが望むなら仕方ないね…」

その身体に、淡い銀色のチャクラを纏い…。

「…その遠慮します。ある意味、気持ち良いかもしれないけど、そう言うプレイ、先生には……あ、似合うと思うけどっ!」

カカシは赤く彩られた唇を釣り上げ、無駄の無い筋肉に覆われた足を持ちあげると、ガンと踏み下ろす。


「ギャッ。先生、穴空くから! 床に穴空いてる! そんなんで踏まれたら、オレの使い物にならなくなるからっ!!」


瞬身で壁際まで後退したナルトは、悲鳴を上げた。



いつもなら悲喜交々を共有する、天井裏は静まり返ったままだった。
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