忍であることの前に

□弱み
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それは、もうすぐ四月が終わろうとしていた、ある小春日和の午後のこと。


「なー、先生ってばなんで天ぷら嫌いなの?あんなウマいのに」

ナルトはかねてからの疑問を、ぶつけてみた。

「……嫌いじゃないよ。だいたい、好き嫌いなんて言ってたら任務がつとまらないだろ」

多少憮然とした調子で言い返すカカシの言葉は、確かにもっともだったけれど、ナルトはそこに、いつにない“におい”を感じ取る。

「ふーん。んじゃ、俺さつまいもの天ぷら食べたいから、今日は天ぷらで決まりな!えーっと、天ぷらの衣?ってどうやって作りゃいーんだろ…」

これみよがしに、戸棚をがさごそと漁れば、案の定待ったがかかる。

「ちょっと待て。お前それはホットケーキミックスだ。ドーナツでも作る気か」

ナルトが引き出しから引っ張りだしたのは、確かに天ぷら粉でも小麦粉でもなく。
オレンジと赤のパッケージのそれは、一昨日の朝食でナルトが三段重ねにし蜂蜜とバターを滴らせて食べたものの残りだった。 

「えー、これでもいいじゃん。似たようなもんだろ?」

「こんなもん使ったら、匂いからして甘ったるくて仕方ないだろうが!ただでさえ天ぷらなんて気持ち悪いっていうのに」

言ってしまってから、カカシは自己嫌悪した。 
これでは自分で宣言したようなものだ。 

「ほら、やっぱ嫌いなんだろ?だって先生、居酒屋でも料理屋でも、さりげなーく俺に食わしてるから、絶対苦手なんだと思った!」

「だから嫌いじゃないって。できたら、つとめて、きわめて、食べたくないだけの話で」

「それを世間では“キライ”って言うんだってば。そりゃさあ、いい大人が好き嫌いだなんて恥ずかしいのは分かるけどさ、いいじゃんそんくらい。なんか言いたくない理由でもあんの?」

「……笑わないか?」

「あったりまえ!誰だって苦手なモンの一つや二つや三つはあるって」

「………食べ過ぎた」

「はい?」

「昔、食べ過ぎたの!」

「……食い過ぎて、嫌いになったっての?」

「……もういい。お前笑ったな?唇の端が歪んでるぞ。いいよもう。笑いたかったら笑えばいいさ」

確かにひくひくと震える口の端を必死で抑えてはいたものの、しょせんこの男にポーカーフェイスなど無理な話だった。

だって、よっぽど深刻な理由(が何かと問われても見当はつかないけれど)があるのかと思えば、ただの食べ過ぎとは。笑いたくもなるというものだ。

「わーー、ちょ、ちょっと待って!ごめんってばよ!」

しかし、普段落ち着いた大人の顔を見せていても、子供っぽい面を隠し持っているこの年上の男は、一旦拗ねると始末が悪いのだ。

「だから別にいいって言ってるでしょ。天ぷらでも何でも作りなさいよ」

「ごめんって!そりゃ笑ったのは悪かったけど……いや、悪くねえ!」

何だと?とでも言いたげにカカシがナルトを見る。

「だって俺、先生の弱点知りたいし。天ぷら喰えないなんて、可笑しいっつーか、可愛いとしか思えねえし。先生の弱いとこもダメなとこも、ぜんぶ余さず俺のもんにしたいし」

何か言い掛けたカカシは、開きかけた口をそのままにするしかなかった。

「だからね先生」

ナルトはホットケーキミックスを手に持って、目をうんと細め、とびきりの笑顔で言った。

「天ぷら嫌いなままでいていいよ」





あなたの弱さに触れるたび、心の糸が掻き鳴らされる。

今日もまた、ひとつ。







後書に続く
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