忍であることの前に

□日常こそ、
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「はい、先生」


それは本当に、全く、何気なく手渡された。
まるで、醤油を取ってくれと頼んだ時のような気軽さでもって。

いや、食事に使うものではあるし、むしろ無くてはならないものだと言える。
しかしカカシには、何故これを差し出されたのかが分からなかった。

手渡されたものをまじまじと見つめて、結局出てきたのは我ながら間抜けだと思う言葉だけだ。

「これ…箸…?」
見れば、分かる。

「うん。プレゼント」

…プレゼント……?

らしくなく顔に出ていたのだろう。ナルトはカカシの疑問に答えるように続けた。

「そう。先生の箸、先っぽが片方折れただろ?ずっと割りバシ使うのも味気ないと思って」

確かに、一昨日長年使っていた箸が折れて使い物にならなくなった。元々一人暮らしだった家には予備などなく、他にはナルトが持ち込んだものが一膳あるだけだ。

カカシ自身も、割り箸を毎回使うのも流石に気が引けるので、近々買いに行こうと思っていたところではあったのだが。

渡された箸を改めてじっくり見てみると、そこいらに売っているような安物ではない事が見て取れる。

何度も漆が塗り込まれた箸は何の木を使ってあるのだろうか。目の詰まった質感と謙虚な艶やかさをたたえ、驚くほど細い先端を持つ六角箸。徐々に太くなる持ち手の部分には菱形の彫りが入り、輪郭を藍色で縁取ってあった。

かといって華美な仰々しさはない。職人が丁寧に作ったのであろう事が伺える、日常にさらりと溶け込む美しい箸だった。

箸を贈られたのはこれまで生きてきて初めての出来事で、こういう日用品をプレゼントにするというのはカカシには考えもしない事だった。
長い間家族を持たず、特定の恋人も作らなかった身には、箸など適当に個人で買う物という認識しかなかったからだ。

取り敢えず、箸立てにしている竹の筒に入れようと食器棚を開けると、カカシの物とよく似た箸がすでに入っていた。

ただ、こちらの物には藍色ではなく緋色が刷いてあり温かな雰囲気を纏っている。

「お前も新しいの買ったのか?」

「あ、分かる?この際だし先生とお揃いにしたくってさ」

「そーか。ありがとうな」

この竹筒には箸だけでなく、スプーンやフォークなどの数少ない二人分のカトラリーが全て入っていて、カカシは新しく手に入れたそれを加える。

新参者は心なしか緊張した面持ちで、仲間の中に入っていったようにカカシには見えた。


「先生、今日の晩飯なんにする?」

「晩?…帰ってきたばかりだからなあ。実を言うと、少々億劫なんだよね。どっか外に…」
「俺が作る!あるもん適当でいーよな?」

今夜は外食にしようと口にしかけたカカシの言葉をさえぎって、ナルトが大きな声で主張する。

「そりゃあ、贅沢は言わないけど…どうしたんだ?」

ラーメンでも食べに行こうと、ナルトの方から言いだす事も少なくないので、ちょっとした勢いに面食らってしまった。

「いや、たんに家でのんびりしたかっただけだってばよ。先生疲れてんなら、そっちの方がいいだろ?」

「まあねえ」

「じゃ、風呂でも入ってさっぱりしてくれば?その間に支度しとくし」

そうさせてもらう、と言いおいて、カカシは汗と埃を流すために風呂場に向かった。
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