忍であることの前に

□コロッケ
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カチリ、と音をたてて、ドアを開ける。


誰もいないのは分かっていた。

今朝、オレもナルトもそれぞれに入った任務のために家を後にしたから。


SやAのランクばかりこなしてきたオレも、最近はBランクが混ざるようになり、そもそも回される任務の数自体が減っていた。

若い世代が着実に力を付けて来たためか、オレの力が衰えて来たためか……

恐らく両方だろうな、と自嘲でも卑下でもなく思う。

今日だって、ナルトはAランク任務で、オレよりも帰りが遅い。

三十年以上も忍として生きて来た自分にとって、着実に迫って来ている“終わりの時”を想像するのは勇気を必要とする―――


―――そう思っていたのに、この頃…そうでもない事に気がついた。





時計を見ると、夕飯の支度を始めてもいい時間になっていた。
冷蔵庫を開けて覗いてみると、ろくなものが残っておらず、これでは有り合わせで作る事もできない。

しかしこれはいつもの事だ。

いつ、どんな任務が入るか分からない忍稼業。買い置きなどしていたら、腐らせてしまうのがオチだった。

さして汚れてもいなかったため、重いベストだけ脱いで、買い物に出掛ける事にした。

サンダルを履こうとして、その横に脱いであった草履をつっかける。

素足に当たる、畳表の感触がさらりとして気持ちいい。



任務後とは思わせない軽い足取りで、夕暮れが迫った商店街をぶらぶらと歩く。
と言っても、命のやり取りをする訳でもない短期任務では、ほとんど疲れる事などないが。

さて、今日は何を作るかと、店先に並んだ野菜や魚を見て歩いていると、食欲をそそられる匂いが漂って来た。

少し外れた所にある、肉屋からだ。


ふらふらと、まるで誘われるように、そちらへ足が向いた。


コロッケ――


肉屋の店先には、ほかほかと湯気をたてる揚げたてのコロッケが積み上げられていた。

ちょうど出来立てにお目にかかれるのは珍しい。この店のコロッケは人気商品で、タイミングが悪ければ、すぐに売り切れてしまうのだ。

くどくない、香ばしい油の匂いを嗅いでいると―――父に買ってもらったコロッケの思い出が蘇る。



あれは…父に稽古をつけてもらった後だったのか、それとも任務帰りだったのか…今となっては定かではないが、一度だけ…――

ちょうど、こんな風に夕暮れ時で…

オレはお腹を空かせてて、でも黙って父の後をついて歩いていた。

そしたら父さんが急に振り向いて、

「カカシ、食べるか?」

そう言って、すぐ側にあった肉屋のコロッケを買ってくれた。

あの時食べた味は忘れてしまったけど、僅かに微笑んでコロッケを差し出して来た父さんの顔は、忘れる事ができない。



父が自らの命を絶ってしまう、少し前の事だった。



あれからオレは、あえてコロッケを食べる事はなくなった。

けれど、目の前にあるコロッケは、とても懐かしくて、とても美味しそうだと思った。

そのまま出来立てを買って帰ろうと、店主に声をかけようとした時、あいつの顔が浮かんだ。

そしたら何故か、オレはミンチを注文してしまったのだ。

これでは一から自分で作らねばならない。
腑に落ちないまま、仕方ないので、八百屋で玉葱も買って帰路に着いた。




また、カチリと音を立て誰もいない部屋の扉を開けて、中に入る。

一息入れる暇もなく、夕飯の準備を始めなければならない。

じゃが芋を茹でて潰し、炒めたミンチと玉葱を混ぜ合わせて、小判型に形作る。

小麦粉・卵・パン粉を順に付けていき、後は揚げるだけだ。

作り方は本に載っていたから分かるが、案外手間のかかる料理だと知った。

なのに、不思議と嫌ではない。


そろそろナルトが帰って来る頃だ。
どうせなら揚げ立てを食わせてやりたい。


オレは天ぷら鍋の用意を始めた。






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