忍であることの前に

□大人になった日
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そもそも、事の起こりはカカシ先生からのお誘いだった。

俺とサクラちゃんはもう何年も前に“カカシ班”を卒業した。それ以来たまに任務で一緒になるくらいで、以前のように長い時間を先生と過ごす事はなくなっていた。








大人になった日








久しぶりに待機所で顔を合わせた俺に、「よ!ナルト、元気か?」とカカシ先生はいつもの調子で話しかけてきた。

「ナルト、お前、ハタチになったんでしょ?」

「おう!俺も、やっとオトナの仲間入りだってばよ!」
いきなり何かと思ったけど、ニコリと片方だけ出てる目を細めて話しかけて来てくれた事が嬉しくて、俺は元気良く答えた。

「じゃ、オトナ同士、今晩飲みにでも行くか」

「――…え!?飲、み…?あ…うん!行く!行くってばよ!」
これまた唐突に飲みに行こうと誘われて、一気に心が湧き立った。
“オトナ同士”という響きは、初めて出会った時から大人だったカカシ先生との距離を縮めてくれたような気がしたんだ。
ずっと前、エロ仙人との旅から帰って来た時にも対等だと言われたけど、俺にとって先生は、特に精神的な面ではまだまだ手の届かない人だと思っていたから。

この時は…やっと先生に一人前だと認めてもらえたっていう単純なヨロコビを感じていた。

実はこの日、俺の誕生日にかこつけて同期のヤツらと飲む先約があったんだ。
けど、先生に誘われた時点で俺の頭からキレイに飛んでしまっていた。
結局―――今後オゴるからと約束をして無理やり断ってしまった。

何となく、みんなと一緒にわーわーやってるとこへ先生を呼びたくなかったし、
何となく、先生とは二人で飲みたいと思ったんだ。


「ここ、料理も酒も美味いんだよね」
と言われて先生に案内されたところは、ちょっと同期のヤツらとは行けないような…居酒屋っていうにはレベルの高い店だった。
給料日前でガマちゃんの中身に寂しさを覚える俺としては、入りづらい…てか、正直払えそうになかった。
「……せ、先生、あのさ、もちょっとくだけた店にしねえ?」
「ん?ああ、今日はオレの奢りだから気にするな」

驚いた。
俺の懐事情を察してくれた先生から出たセリフに。
ヤマト隊長に払わせても、自分から払ってんのは見たことなかったから。

「マジで!?めっずらしー!気前のいい先生はなんかブキミだってばよ」
「お前ね…。ま!ナルトもハタチになった訳だし、今回は特別だ。その代わり、次からはワリカンな」
「え〜!先生ってば稼いでるわりにケチだよな。前から思ってたけどさ」

「…ホント失礼なやつだね」
そう云いながらもゆるんだ雰囲気の先生。会ってなかった時間が埋まっていくみたいで、訳もなく嬉しさが込み上げてくる。

先生とサシでメシ食うなんて初めての経験だ。
そんな弾んだ気持ちのまんま、俺はいろんなことをしゃべった。
先生はあんまり自分の事は話さないで、へえ、とか、そうか、とか相づちを打ちながら面白そうに聞いてくれた。

あれ?俺だけ飲んでたのかな。よく覚えてねーけど。
いや、先生もちょっとは飲めよって無理やり酌をしてやったから、ものすごい早業でマスクを下げて一瞬で飲んでたのか。
店員さんも入ってくるから、先生としては気をつけてたんだろうな。

さすが里を代表する上忍。
…じゃなくて。
そのせいかな。先生と久々にゆっくり話せる嬉しさは最初のうちだけだった。やっぱ素顔は見せてくれねーんだ、っていう寂しさというか…がっかりして肩透かしくったような気分に支配されていく。

フワフワしてんのにモヤモヤして。
俺はイロイロと複雑な思いを抱えながら、どんどん杯を重ねていってしまい…
元々酒に強い訳じゃない上に余計な事考えてたからか、俺の記憶は一升ビンあけたところまででぷっつりと途切れてた。








―――あ〜〜…アッタマいてえ…

……あれ?あんなトコにシミあったっけ…?

…つーかさ、ここ、どこだ?


目が覚めて一番に視界に入ってきたのは、見覚えのない天井。
シカマルの部屋でもキバの部屋でもない。

頭の重さが、夕べ飲み過ぎたということを告げている。

眠い目をこすりながら、もそもそと寝返りを打ってみれば。


……これ、ナンだ?


密着するように、誰かがとなりに寝ている。


えーっと……
俺、昨日誰と飲んだんだっけ?

これまでにも、酔っぱらって女の子を連れ込んだりとか…身に覚えがないわけじゃない。たいして働かない頭のまま、そっと布団をめくってみる。


「…??―――……〜〜〜っ!!?」

まさに喉元まで出かかった叫び声を辛うじて押さえられた自分を褒めてやりたい。

眠気は一瞬で消え失せた。
頭痛も何も忘れて。


少しだけ開いたカーテンの隙間から射し込む朝日に照らされた銀色の髪の毛。

伏せられたまつげまで白銀で、俺は妙に感心してしまう。
自然と手が伸びて、目に掛かった前髪をかきあげた。
まぶたから、産毛の光る頬にかけて刻まれた傷。


見間違えようのない、その傷痕。


カカシ先生、だ。

これがカカシ先生の顔なんだ。


12の時から、見たくて見たくて、なのに小細工も細工無しの直球も全部受け流されて来て。

昨日感じたイライラの原因がここに、

いともカンタンにさらされてるのはどういう訳だろうか。

と言うか、ここは先生ん家なのか。
…多分そうだと思う。
センスを疑う手裏剣柄のベッドカバー。こんなダセーもん使ってんの、カカシ先生しかいねーよな。

だけど、信じらんねえ。

俺にとってはたけカカシという人は、いつだって信頼できる“上司”であり、常に支えてくれた“先生”だった。

片方だけ出た目はいつも眠たそうで猫背でちっとも強そうには見えないくせに、実はどこにもスキがなくて。
戦闘ともなれば身を切られるような殺気を放つ人。
居眠りしてたって、周囲への警戒を怠った事なんてなかった。

なのに。

今は、俺の隣ですやすやと無防備に眠ってる。
それも、思ってたより幼い寝顔で。




―――本当はさ、うすうす気付いてたんだ。

いつのまにか先生と目線が変わらなくなった時に。
忍服と手甲の間にのぞく手首の細さに。
俺を負う肩の薄さに。
目元に刻まれた小さなシワに。


俺が大人になるということは、先生が年をとるということ。

俺がハタチになったって、先生との距離が縮まる事はないんだ。


やばいなぁ…

こんな風に現実を突き付けられると、逃げらんねえじゃんか。

俺と先生との時間が埋まる事はない。
なのに、手を伸ばせば包みこんじまえるような錯覚を起こしてしまう。


…なあ、先生。
何でこんな姿を俺に見せるんだよ?



はぁ、とため息をついた途端、ぶるりと寒気に身を震わせる。

さむ!
…え、寒い?

って…ええええ―――??!!

俺ってば何でハダカ?!

寒いと思ったら、下着すら履いてない。

反射的に先生の布団をはいでみれば。

「うおああっ★〇×●☆※…!!?」

「……うるさい。朝っぱらから大声出すんじゃないよ」
「や、ちょ、先生!!な、何で服着てねーんだってばよ?!!」

「………。お前、もしかして何にも覚えてないとか?」
眉をひそめ不機嫌そうにじろりとにらまれた。
迫力に気圧されてこくこくと頷くと、先生に大きなため息をつかれる。

「何で服着てないって…お前に汚されたからに決まってるだろ。もうやめろって言ってんのにお前しつこいし、デカいし、おかげでオレは体があっちこっち痛むし。シャワー浴びる元気もなかったからな」

サアッと血の気が引いたのが自分でも分かった。

……ん、な…!
ま、まさか……

う、嘘だろ…?

「…せ、先生、お、俺ってば先生に…」

「全く…オレだったからいいようなものを。あんな事女の子にしたら、お前絶対嫌われるよ?」

先生の一言一言はとてつもない破壊力を持って俺に襲い掛かって来る。

あ、あんな事って…!?
いやいやいや、マジで!!?

いや、でも、現に俺も先生もハダカでベッドに寝てた訳だし…

にしても…な、何で何にも覚えてねえんだよ、俺ってば!!
もったいねえ!!

……??
ちょ、ちょっと待て!
もったいないって…そこ間違ってるだろ?!


「…ま、オレもキツかったけど、責任とれなんて言わないよ。お前にとっちゃよくある事だろうし。何かでむしゃくしゃしてたのかもしれないけど、あんな気の紛らわせ方してるようじゃ、大人とは言えないな」

「カカシ先生……」

ああ、もう…
いろいろとツッコミたい所はあったのに
少し疲れた表情でどことなく寂しそうに言う先生の顔を見ていたら

―――責任でも何でもとってやる、と思えてしまった。

こうなったら…腹くくるしかねえ。

「先生、ごめん!!…俺、ナニしたか全然思い出せねーんだけど、先生を傷つけちまった責任はとるってばよ!」

「…いいよ。お前覚えてないんだし。今更こんな事で傷付くとか…大袈裟な。それに、責任とるって言ってもどうするつもりだ?」

来た。
俺はひとつ深呼吸をして覚悟を決める。


「―――俺、と、付き合って下さい!」

やたらと速まる鼓動を感じながら、俺は先生の返事を待つ。

やけに長い沈黙が続いた後、先生の口から出たのは
「……はぁ?」という間の抜けた声だった。

あれ?
俺、なんか外した?

「あ、の…先生?」

「…ぶっ、くっ、あははは…!」

わ、笑われた?!

「ちょ、先生!なんで笑うんだよ!俺、めちゃくちゃマジメに言ってんだけど!」

「お、お前ってやっぱ…、ホント意外性の忍者だよね」
先生はまだ笑ってる。

何が面白いんだか分かんねえ。
だけど

こんなオッサンの笑顔を可愛いと思ってしまう自分も可笑しくて。

つられるように、俺も笑った。



―――恋に落ちるとか、そんなんじゃない

出会って9年目にして気付いた


この人を、愛おしく想ってるって事に






そしてこれは、俺が自覚した後の話。


「あー、笑った笑った。で、お前何であそこで“付き合う”に繋がる訳?」
「いや、だってさ……手、出しといて知らんぷりできねーよ」
「は?…誰がいつ、誰に手を出されたんだよ」
「へ…?さっき先生が自分であんな事されたって言ったから…」
「あ〜、あれね」

……なんか、嫌な予感がする……

「お前、しつこく絡んでくるし、肩貸して歩いてたらいきなり歌いだしたり暴れたりするし、おまけに寝かせようとしたら吐くし。オレの服まで汚されちゃったじゃない」
「……そんだけ…?」
「それだけ、ってなあ。お前図体デカいからホントに大変だったんだぞ」
「………」

……早まった……つーか、完全にやられた…

きっとこれからも、俺は先生に振り回される事は確実で。

けど、こんな始まり方も悪くないよな。
そう思うと、がっくりと脱力しながらも頬がゆるむ。


「もういいってばよ。でさ、返事は?」


―――俺は、自分の言葉は絶対に曲げねえから。


先生、覚悟しとけよ。









後書に続く
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