忍であることの前に

□朱果
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暑い。
熱い。

白い手をつたう、薄朱い汁。

それよりもっと白い喉がこくりと上下して、もっと赤い舌がゆっくりと唇を舐めとる。





 朱
 果






ああ、たかだかトマトを食べる行為がこれほどエロチックな人なんて、大陸中どこを探してもいないと断言できるよ、俺。

うっすらと額に汗なんかかいちゃったりして、旨そうに真っ赤なトマトに噛りついている人。

このくそ暑い畑の中で、そこだけ異質な淫らさを醸しだしてるように見えるのは、気のせいじゃないはずだ。


一通りの手入れや収穫を終え、8月のギラッギラした太陽から避難して、わりと大きな木の陰でひと休みしている先生と俺。

ここはカカシ先生の菜園(というにはやけに気合いの入った畑)で、普段は先生が作った案山子が丹精込めた野菜の番をしている。
あの気が抜けたへのへのもへじ顔にどれだけの威力があるんだか疑わしいけど、とりあえずカラスから守られているらしいトマトは見事に熟れていた。

自分の作った野菜にかぶりつく先生は実にいい顔をしていて、別にエロスはなくとも見ているだけで満たされる。
こういう何気ない時に、しみじみとこの人が好きだと感じる俺もたいがい幸せ者だと思う。

こうやってのんびり畑仕事なんてしていると、昔を思い出す。昔といってもせいぜい十年前のことなのに、それからの目まぐるしい変化を思い浮かべればやっぱり遠い。
仲間はばらばらになったし、俺と先生との関係だってずいぶん変わってしまった。

カカシ先生とサクラちゃんと、サスケと…Dランク任務にぶちぶち不満をこぼしてケンカして。それでも楽しかった七班。

懐かしくて、ひどく切ない。
穏やかな夏の風景が郷愁を呼び覚ます。


「ナルト」

「…うん?なに、先生」
鼻の奥がツンとしてきた時、不意に声がかけられた。

「こうしてるとさ…お前らが下忍の頃を思い出すよ」

「…うん。俺もちょうど思い出してた」

「あの頃はみんなかわいかったのになあ…えらく生意気だったけど」
くすくすと柔らかい笑みを浮かべて喋る先生の胸にも切なさがあるのかもしれない。

「今だって、かわいい部下たちだろ?」

「そんなでかい図体しといてよく言うね。…覚えてるか?依頼主のおばあさんにもらった野菜、持って帰れって言われたのにお前いらないって言い張って。結局、サスケやサクラとケンカになっちゃった事があったでしょ」

「あのあとどうせ先生が野菜届けに来たじゃんか。いらねーって言ってんのに」

「あれでも、二人はお前の健康を心配してたんだよ?カップ麺ばっかりじゃ、体壊すって」

「そりゃ分かってたけど、マズいもんは不味いんだってばよ」

「…お前と違って、サスケはトマト好きだったな〜」

「サスケのヤツ、トマトばっか山ほどもらってたよな」

「……みんな一人前にする前に、オレの手から離れて行っちゃってさ」

そのあとに続く言葉は『寂しい』だろうか。こんな風に素直に心情を吐露する先生は珍しい。

「先生。俺は、そばにいるよ」

俺だけは。

あの頃と互いの在り方は変わり、取り戻せないものは確かにある。

だけどこれは、まぎれもない俺の本心だ。

しっとりと汗で湿った手を握ってキスをすると、太陽の光を浴びた赤い野菜の味。


懐かしい、夏の匂いがした。







後書に続く
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