忍であることの前に
□Happy birthday
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───声が聴こえる。
とても優しく、耳に心地よい声が。
◆
「んじゃ、父ちゃん母ちゃん、行って来るってばよ!」
「こらっナルトー!!朝ごはんはちゃんと食べて行くってばね!」
「ハハ…まあまあ、クシナ。ナルトもサンドイッチはしっかり咥えて行ったし」
「まったくもう!あと10分早く起きれば違うのに、あの子ってば毎朝毎朝懲りないんだから」
「ん!クシナのサンドイッチは美味しいからね。寝坊しても残す訳にはいかなかったんだよ」
「あのね、ミナト!そういう問題じゃ…!…………は〜…もういいわよ」
「うん?」
「じゃあ、ナルトの分までたくさん食べて行ってね。ア・ナ・タ」
「え…?あ、アハハハ、ハ…」
柔らかな朝の光の中で響く、他愛のない言葉たち。
穏やかな笑みを浮かべる金髪の男と、明朗快活な赤毛の女性。
毎朝繰り返されているだろう、ありふれた何気ないやり取りに込められたもの。
彼は彼女を想い、
彼女は彼を想い、
彼と彼女は少年をいつくしむ。
在るはずのない“今”
そして有るはずだった“未来”
Happy birthday
「…母ちゃん…父ちゃん…」
夜明け前。
まだ闇が昏く残っている時刻。
目と胸が、どくどくと熱い。
「…ナルト?どうしたんだ…?」
お前泣いてるの?と白い指先に触れられて、ナルトは初めて自分が泣いていた事に気付いた。
「なんでも、ない、ってばよ。…ただ、…夢見ただけ」
瞬きをすると、つう、とこめかみに熱い雫がつたい落ちていった。
涙は直ぐに冷える。
けれど、胸の中は熱いままで。
可笑しいのは、手に入れた事などないものなのに、もう少しだけとどめていたいと願っている、矛盾した心。
そして、どうしようもなく素直な心。
「…ご両親の夢、見たのか?」
「……ん。まだ小さい俺が、母ちゃんの作ってくれたパンかじりながら出かけて、それ見た母ちゃんはハバネロみたいに髪の毛逆立てるくらい怒っててさ。んで、父ちゃんは山盛りの朝メシを前にしてちょっと苦く笑ってんだ。なんかほんとに、スゲー楽しそうで、でも夢ん中の俺にとってはそんなの当たり前に毎日あることなんだよな」
「ナルト…」
「したら、なんか、知らないうちに泣いちまってた。……けどさ、悲しいワケじゃねーんだ。たとえ夢でも、夢だと分かってても、逢えて嬉しいのに、…なんか、こう、胸…が、いっぱいに、なっ…て、……っ、く」
止まらなかった。
後から後から零れ落ちるしずくを拭おうともせず、ナルトはからだを震わせて泣いている。
カカシは、抱きしめてやるべきか一瞬迷い、
そうして結局、頭を撫で、前髪を指で梳いてやる。
身の内に在る獣が暴走する中、ナルトは封印されていた父に会った。
更に後には母にも再会したと吹っ切れた顔でカカシに報告して来たのは、もう何年も前になる。
膝を抱えて独りぼっちだった少年がやっと確かめ、得られた両親の愛情。
二人ともに望まれて産まれ、二人が自身の命を懸けて愛し、守りぬいてくれたのだと初めて知った時、
何より母親に温かく抱きしめられ、丸ごと受け止めてもらえた時、
この子は世界が変わるほど大きなものを手に入れたのだと、カカシは思ったものだ。
けれど、寂しくない訳がないのだ。
恋しくない訳が、ないのだ。
どれだけ時が経っても、大人になっても。それは理屈ではなく、心が求めるものだから。
いつの間にか泣き疲れたように眠る、とっくに少年とは言えなくなった顔を見つめ、撫でる手はそのままにカカシはある歌を口ずさむ。
日付はとうに変わっているのを承知で。
あの日、
怨嗟と呪咀と後悔と無念が渦巻き、決して忘れられぬ日。
どれだけの血と涙が流されていても、
あなたという新しい命が誕生した日を
心から、愛している。
Happy birthday to you.
Happy birthday to you.
Happy birthday,Dear NARUTO.
Happy birthday to you.
『誕生日おめでとう、ナルト』
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