忍であることの前に
□11.11/11.22
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これはゲームだ。
あくまでも、飲み会での悪ふざけに過ぎない。
…過ぎない、はずだったのに。
11.11
木ノ葉の“ポッキーゲーム”
それは、あわよくば意中の女の子とキスできるかも、という本来のおふざけ的な可愛らしいものではなく、
『敗者は勝者のどんな“お願い”でも必ず一つだけ聞かなくてはならない』
という恐怖の真剣勝負である。
そして俺が今、その絶対に負けられない勝負をしている相手は…
「ナルト、お前チョコ付いてる方ね。オレ甘いもの苦手なのよ」
この呑気に構えている元上司、はたけカカシだ。
負けたらカカシ先生の言う事聞かなきゃならないなんて。
どんなむちゃくちゃな“お願い”をされるか考えるだに恐ろしい。
いやいや、最初から弱気でどうするよ俺。
勝てばいいんだ。
そしたら何の問題も無いじゃん。
その場合、何を“お願い”してやろうか…
気を取り直すと、なんだか楽しくなってきた。
「何お前ニタニタしてんの?早く咥えなさいって」
にやける俺に焦れたカカシ先生が眉根を寄せて睨んでくる。
ん?そういえば、ポッキー咥えるから口元さらすんだよな?
て、事は…
か、カカシ先生の素顔拝めるって事だよな?!!
うわ、どうしよう!
いきなりドキドキしてきた。
俺は(チョコ側の)ポッキーを口に咥えて、まんじりと先生を見やる。
先生はおもむろにアンダーに指を引っ掛かけて、ゆっくりと下ろした。
すっきりとした鼻筋が見え、更に唇が現れる。
これまで色々と想像したり、果てはパックン達にまで訊いたりして、それでも長年明かされなかった先生の素顔だけれど。
何というか、拍子抜けするほど普通だった。
普通に、整った容姿だと思う。
想像したようなタラコ唇とか団子っ鼻じゃなくて。
でも、いつもは眠たげでボンヤリとした目が、びっくりするくらい怜悧に見えるのが意外で、暗部にいた頃の俺の知らない非情さが伺われた。
「そんなに見つめられたら穴が空いちゃうでしょ」
なのに、そう言いながらきゅっと目を細めて少し苦笑いすると、途端に冷たさは影を潜めて、柔らかく崩れる。
これは俺のよく知るカカシ先生の右目の表情で、今まではさらされた僅かな部分しか知り得なかった。
こんな貌をして笑っていたのだと初めて気付かされ、その表情の劇的な変化に衝撃を受ける。
生まれて初めて、先生を可愛いと思ってしまった。
いいトシした男にそんな形容詞ってどうよとも我ながら思うけど、思ってしまったものは仕方ない。
先生の形の良い唇が、ポッキーの反対側をぱくりと喰み、
唇を尖らせて、ポキッポキッと噛んでいく。
俺もかじかじと噛み付き、じわじわ距離を詰めていく。
たかだか15センチかそこらの棒を挟んだ攻防。
息が詰まるような緊張感と、口の中でとろけるチョコの甘さが、えもいわれぬ感覚を与えてくる。
ほとんど同じ高さにあるのに、わざとなのか先生は目を伏せて視線を合わそうとしない。
少しずつ少しずつ近づいて来た先生の表情をつぶさに感じる。
細めに整った眉だとか、わずかに目尻が下がった目元を彩る白銀の睫毛だとか、
頬から顎にかけてのシャープなライン、色の薄い唇がポッキーを咥える様。
そういうのにいちいち惹き付けられる。
何かのフィルターがかかっているとしか思えない、俺の目。
一体どうした、俺の目。
先生の唇から俺の唇までの距離は見る間に縮まって行く。
あと5センチ、
…4センチ…3センチ…2センチ…
あと、1センチ。
カカシ先生、何で離さねーの?
そんなに負けたくない?
早く、離してくれよ。
先生が離してくれないと、
俺は
俺はこのまま、
キ…
『パ、キィッ』
突然鳴った軽快な音に、ハッとする。
今にも唇と唇が触れ合おうとした所で、先生はポッキーを折って顔を背けたのだった。
え…俺、勝った…のか?
あと、ちょっとだったのに。
あとちょっとで、先生とキ…
うわ、わ、何で俺、勝ったのに残念がってんの?!
これで良かったじゃんか。
だけど。きっと。
「あーあ、負けちゃったじゃないの。お前粘るね〜。流石ド根性忍者」
そんな事を言いながら、先生はやっぱり視線を逸らし気味に、あちこち跳ねた銀髪をカリカリと掻いた。
だけど、わざと背けたのは、もしかして照れ隠しなんじゃないだろうか。
だって、先生の右耳がほんのり色づいているのを、俺はしっかり見てしまったのだから。
これは絶対、気のせいなんかじゃない。
そして、このおかしなフィルターが果たして気の迷いだったのか否か、これから確かめようと思う。
「カカシ先生!俺の“お願い”は…」
終
『11.22』に続く