確かに恋だった

□焦
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それがいつからなのかは、わからない。
ミツバのことはどうしたと問われれば、あいつは今でも大切な存在だと答えるし、それを蔑ろにするわけじゃない。
ただ、気付いたら。
こいつを目で追っていて
こいつの周りに嫉妬して
こいつのことばかり考えて
どうしようもなく、惹かれていた。

腰まで伸びた藍色の、細く柔い髪が揺れる
深海のように揺らめくそれは、まるで自分を誘うかのようで

「仙波」
「はい、如何されましたか」
「あまり張り切りすぎるなよ。雑務続きで眠れてねぇんだろ」
「副長程ではありません。お気遣い、ありがとうございます。」

業務的な会話を交わすだけの関係に飽き飽きしている筈なのに、今一つ行動に移せないのはきっとこの関係に甘えているから。
その藍色が、隣から消えてしまったらと怯えるから。

見回り中、目につくのはカップルや夫婦、家族連れ…
仙波と、もし。なんて淡い妄想をしてはその幼稚さに溜息が出る


「中学生か俺は…」

口から零れた言葉は、幸い仙波には聞こえなかったらしい

「何か仰いましたか?」
「いっ?!いや、なんでもねぇ…」
「…副長、休憩に致しましょうか」

さっきから上の空な俺を気遣ってか、仙波が近くの茶屋を指さす。
時刻を確認してみれば確かに昼時だった

「ああ、そうだな」

よく気が利くよなとか
茶を飲む所作が綺麗だとか
滅多に表情を変えないくせに、笑いかける赤ん坊を見て少し微笑むところとか


「和んじまうな」
「…そうですね」

…恐らく、今の二人の想うものは別なのだが。

けれど警察が忙しくないというのはいいことだ
こんなことを言えば煩い連中から給料泥棒だのなんだの言われるだろうが、日頃手のかかる上司と部下に振り回されているのだから

いいだろう、こんな日があっても。
こんな穏やかな昼下がりに、好いた女と二人で茶を啜る日があっても。


心地よさに微睡みつつ隣を見やる。
町を眺める顔はいつも通りの無表情のように見えて、仄かに楽しそうな気がするのは俺の気のせいだろうか


きらきら輝る藍色を靡かせた仙波。
きっと今、彼女はこの世界の何よりも美しい。


1.焦がれる。


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