サヴァイブ
□潮騒
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遠くで潮騒が聞こえる。
波が騒ぎ立つこの音に俺はいつも不安になる。音が止んだ時にお前がいなくなってしまうんじゃないかっていつも考えてしまうんだ。
***潮騒****
遠くからの吹きつける強い海風。
アスファルトが焦げる独特なにおい。
肌を容赦なく照りつける日差し。
そう、一行は海へやってきた。
もちろん人工で造られた海だが、高度な科学技術で出来ているため本当の海とあまり大差はない。
サヴァイブから帰還した後、ハワードはハワード財閥の長であり、そして父である、ハワードの父にサヴァイブの話をした。
ハワード財閥という大手企業を経営し、何でも手に入れている彼でさえも、「海」「風」「土」といったモノがどんなものか分からなかった。
息子の話から何回も出てくる「海」というものに興味を持ったハワードの父は、思ったらすぐに行動に移すタイプであったため、ハワードから話を聞いた次の日にはコロニーに海を製作する為の準備が始まった。
そして、1年経った今日ロカA2で初めての「海開き」が行われることとなった。
晴々しいこの日に参加したのは、ハワード財閥の関係者及びその家族、そしてハワードの友人であり、奇跡の生還者であるルナ達7人と一匹だった。
ルナたちは実際に海を体験した数少ない人間だったため、本物の海に近づける意見を提供するなどの協力をしたのだ。
コロニーにいる人間にとっては机上の空論のような「海」が完成出来たのは、ルナ達の協力が必要不可欠だっただろう。
かくして、ルナ達は海に招かれたのだった。
「うわぁ・・・」
目の前に広がるサヴァイブそっくりの海に言葉を失うメンバー。みんなが驚くほどすばらしい出来映えだった。
「・・・きれいだな。」
「・・・あぁ。」
海の深い青や、薄茶色の砂浜、沿岸にならぶ木々。海岸には貝殻まであった。久し振りに見た海に涙まで流しそうな
砂浜にはメンバーが一番驚くものがあった。
「あっ、あれ避難シャトルじゃない?」
シャアラの声の先には見慣た避難シャトル。灰色の機体、そして大海蛇やパグゥに攻撃された凹みやキズまで細部まで再現するのにこだわったものだ。
「なんでこんなものが?」
「私がシンゴ君に協力してもらったんだよ」
ルナの声に答えたのは、ハワードの父であった。
「ハワードのお父さん!本日はお招き頂きありがとうございました。」
ルナがお礼の挨拶をし、それに習うように他のメンバーもお礼の言葉を口にしながら頭を下げた。
「いやいや。いいんだ。むしろ君たちのおかげですばらしいものが出来た。感謝するのはこちらだ。」
ルナたちに応えるように、ハワードの父も頭を下げた。
「そんなことよりパパ。シンゴに頼んだってどういうことさ?」
語気を荒くしながら父に尋ねるハワード。息子の自分でなく、父がシンゴに頼んだことに少し拗ねているようだ。ハワードの父は少し困った顔になり、メンバーはそんなハワードの様子に笑っていた。
「ハワード、この海の名前を知ってるか?」
無言で首を振り、知らないと言う意志表示をする。
「この海はね『はじまりの海』と名付けたんだ。」
「はじまりの海・・・。」
「そうだ。これはシャアラさんがつけてくれたんだ。サヴァイブのように綺麗な海になり、この海からコロニーの発展が始まるようにという想いからつけてくれたんだ。」
ハワードの父がシャアラに視線を送るとシャアラは笑顔で頷いた。
「それに君たちの"今"を作った海を、そのままとはいかなくても、復元させたかったんだ。そのためにも機械に強いシンゴくんにこの仕事を頼んだのだ。みんなをびっくりさたかったからな。」
ハワードの父は帰還後のハワードの変化に驚いた。
あの日シャトルを切り離したのは自分だと言い、関係者全員に頭を下げた。そしてもっと驚いたのは他の子供たちのハワードに対する態度だ。
ハワードが謝罪する時に一緒について回り、全員で謝罪をした。そんな子供たちに、関係者は怒れる訳もなく、ハワードは無罪放免となったのだ。
今までのハワードの友人はハワード財閥の社員の子供だったり、ハワードに媚びを売ろうとしていた子供しかいなかった。だが、彼らは違う。
"ハワード"を一人の人間として見ているのだ。
生まれたときから御曹司として人より恵まれていた彼にとって、そのような存在は初めてであり、息子のかけがえのない仲間であった。
手のつけられない息子を変えてくれた子供たちに表現出来ないほどの感謝でいっぱいだった。
「そう・・・だったのか。分かったよ。パパありがとう!」
素直にお礼の言葉が出るようになってきたのも、帰還後からだ。
そんな息子の成長に嬉しさと寂しさが入り交じった複雑な気持ちでハワードの父は笑った。
「今日は存分に海を楽しんで行ってくれ!」
子供たちの元気のよい返事に目を細めハワードの父は関係者への挨拶回りに戻っていった。
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「よーし!みんな!早速海に入ろうぜ!」
荷物を浜に放り出して、いきなり服を抜き出すハワード。家から水着を着てきたのだ。
「ハワード!まずは準備体操だ!」
「それにまだみんな着替えてないわよ。」
「えー!」
普通の女子ならば突然男子が裸になれば叫ぶところだが、サヴァイブの時に共同生活をした女子たちは気にした様子もなく、ハワードに注意をした。
「えー!じゃないよ!体操しなくて入って、もし足つってまたウミヘビに食べられそうになっても知らないよ。」
シンゴがニヤニヤしながらハワードを脅した。
「ひっ!おい!脅かすなよ!」
あの時の恐怖を思い出したのか、ハワードは体を震えさせそれを押さえるように腕を擦った。
あははとみんなが笑い声を上げ、ハワードは不貞腐れながらも一同は着替えに向かった。