SKETCHES

□ジョイン・ウィズ・グルー
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「のりがない!」
今日中に仕上げるように命じられた生徒会の書類。グラフだの統計だの切り貼りしなきゃならないというのに、私は今日に限ってのりを忘れる大失態を犯した。それも放課後になって気付くなんて。
のりがないので完成しませんでした、なんて言い訳しようもんなら跡部にぶっ殺される!
そう騒いだ私に、宍戸が投げてよこしたスティック。
「おらよ」
「え?」
「残り少ないし、やるよ。終わったら捨てといてくれな」
そう言いながらテニスバッグを担いで出て行ったあいつの背中を、私はドキドキしながら見つめてた。
捨てる、なんて。絶対無理。
だって、好きな人からもらったプレゼント……だから。

「はあー……」
無事に一通り作業が終わって、誰もいない教室で一人、役目を果たしたのりを見つめる。
表面には消しくずがこびりついてたり、商品名の印刷が掠れてたりしてはっきり言って汚い。
けどそれがかえって愛しかった。
ずっと宍戸の筆箱に入っていたのり。残り1センチ弱になるまで、宍戸が使い続けたのり。
青いキャップ部分が、宍戸が部活中いつも被っている帽子のイメージと重なる。こう見るとのりそのものが、まるで小さい宍戸みたいだ。
「うちの学校でスティックのりをここまで使いきるのって……宍戸くらいなんじゃないの?」
私も使うけどね、なんて続けて笑った。それにそういう奴だから宍戸を好きになった。
「……好きだよ」
私は小さく呟いた。ミニチュア宍戸はうんともすんとも言わない。
咳ばらいを一つすると、私は姿勢を正して『彼』と向き合った。心構えは真剣そのものだ。
「好きです、宍戸」
告白は丁寧な言葉で行うべき!という信念のある私は、神妙な面持ちでゆっくりと口にする。
「私ずっと、宍戸のことが好きでした」
いつも教室でバカ騒ぎしてる私達だけど、もし私がこんな風に思いを告げたら、本物の彼はどんな顔をするだろうか?
驚く?困る?照れる?……引く?
「……あー、バカじゃないの私!」
急に恥ずかしさと虚しさが込み上げて、私は頭を抱えた。
「あんたに言ったって、どうしようもないのにね……」
机に突っ伏すると、スティックのりの平らな頭を人差し指で撫でる。
「あんたのご主人、好きな人いるの?」
知ってるなら教えてよーと小突いてみる。彼は答えようとはしない。口が堅いね、のりにも守秘義務ってあるの?
そんなくだらないことを考えていたせいだろうか、私は人の気配に全く気付かなかった。
「……お前だよ」
突然教室の中に響いた声に驚いた。驚きすぎて椅子から転げ落ちた程だ。がたーんと派手にひっくり返って、ついでに綺麗に重ねておいた書類までもが音を立てて白く舞い上がった。
もうやだ、まぬけ極まりない。死にたくなるくらい恥ずかしい思いで振り返った。
そこには、二時間程前まで件ののりの持ち主だったクラスメートが立っている。
「し、ししししし宍戸」
「おいおい大丈夫かよ……って、それ以上膝立てんな!スカートめくれちまうだろーが!」
腰が抜けた状態で後ずさりしようとする私に、宍戸は慌てた様子で怒鳴り散らす。
激ダサ、とか何とか言って赤くなった顔を背ける彼に、状況を把握できない私はうろたえるしかない。
「えっ、ちょっと、いつからっ」
「……のり相手に告白かましてるとこからだよ」
「あああ、あれはその」
動揺してしどろもどろになってごまかそうとする私に、宍戸はますます真っ赤な顔で言った。
「バカお前、のりには告白できて、俺にはできねえってのかよ!」
そういう問題じゃないけどさ、ああもうバカはあんただよ、でもとりあえず、私はかっちかちになった背筋を伸ばしてその場に正座してみせる。多分私も同じくらいバカだ。
「好きです、……好きですよ宍戸!」
これでどうよ!とやけくそで自分の膝をぺちんと叩いた私に、のりとお揃いの帽子を被り直した宍戸は、
「俺もだよ!」
とぶっきらぼうに返事をして、それから……嬉しそうに、笑ってくれた。
床に転がったままののりを拾い上げようとする二人の指先がぶつかるまで、あと少し。



¶ join 〜 with glue
 〜を接着剤でくっつける、つなぎあわせる

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