SKETCHES

□中毒
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先生、頭がぐらぐらします。
「おう、保健室行ってきい」
ちゃう、ちゃうんです、せやないんです。
「頼むで、保健委員」
「はい」
そう答えて席を立つ男子がひとり。
一歩一歩、流れるような動きで近付いてくるのが分かる。
「ほな、行こか」
艶やかな指が肩を掴む。
触れんといて、あたしに触れんといて……!
そう強く思うのに、なのにあたしは何も言わずに立ち上がって、その掌に支えられて教室を出る。
嘘だらけの繊細な優しさに彩られた、掌に。

「……白石、あんたずるいわ」
窓を横切りながら、髪をかきあげてあたしは呟く。教室を抜け出す口実だったはずの頭痛はとうに止んでいる。
「何でや」
白石は感情のない声で吐き出した。その顔にいつもの薄っぺらい微笑みはない。
「俺は仮病使え言うた覚えはないで」
「目が、言うてた」
あたしは白石の手を振りほどいて、三歩半程前から睨みつける。その目を。
たちまち虹彩が昏さに満ちた。
吸い込まれる。逆に搦めとられる。睫毛があたしを嘲笑う。
彼は細胞まで美しい。
「……、アホらし」
先に声を漏らしたのはあたしだった。
「あんたと喋ったかて、ただの言葉遊びやねんな」
並んだ硝子窓は、煙った空を絵画のように切り取っている。その中の一枚に映り込む、少年と少女が対峙する構図。ひそやかな一瞬。
「何で皆があんたの本性に気付かんのか分からへん」
「全くやな」

綺麗なもんには毒があるて、習わんかったんかなあ?

小さな囁きは、廊下の床に落ちる前に唇の中に消えた。
一服盛られた後に気付いたあたしも、何もかも手遅れだったのだ。

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