SKETCHES

□症候群
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恋とは病だ。
動悸に息切れ、眩暈、躁鬱の徴候も見られる。
この心臓がぎゅってなるの、どうにかなんないかなあ。
あたしはため息を一つついて視線を落とした。
憂鬱なのは、目の前の机の両脇にでんと置かれた紙袋のせいかもしれない。中には学校中の女の子の甘い思いがぎっちぎちに詰まってる。
……これだけの気持ちをずっしり背負って、そのすごく大きいわけでもない体でよく立ってられるものだ。
そんな人の気などどこ吹く風で、彼は鼻歌混じりに貰ったお菓子の数を数えている。
「今年70いくかあ?」
僅かに眉を寄せながら、机の上にざらざらとお菓子を並べて彼は呟く。信じられないことだが、これだけあっても満足ではないらしい。
「それでも少ないの?」
「んー、別に少なかねーけどさあ……幸村君には負けても仁王には負けたくねーじゃん?」
テニス部の連中が貰うチョコの量は文字通り桁違いだ。あたしは呆れながらもちょっとだけ寂しくなって、鞄の中に忍ばせた袋を渡そうかどうか戸惑った。たっぷり4時間はキッチンを占領して作ったチョコレートが、彼にとっての70分の1になってしまうのは嫌だ。
でも、とあたしは家に帰ってから自分で食べることを想像する。それはそれは、最高に虚しい気分になるに違いなかった。
ならばと、選挙に投票でもするようなつもりで、さり気なく包みを取り出す。
「じゃ、あたしも加勢したげる」
ささやかながらお力添え、と微笑んで、あたしは包みを振ってみせた。
それを机に置こうとした、弱虫の手首が掴まれる。
「あのさあ」
彼は不機嫌そうな声を出して、ついでにガムを膨らませるのも止めた。
「もしおめーがこれ食うなっつーんだったら……俺、食わねえよ。全部弟にやる」
こいつ以外。
そう付け加えて、彼はあたしの手から包みを奪った。
「言えよ。これ以外食うなって」
その瞳に宿る炎だけで袋の中のチョコが全部溶かせてしまいそうだ。意識が、飛びかける。
「……で、」
熱に溺れる中であたしの唇は不器用に動いた。
「デブン太は勝手に太れ」
「可っ愛くねーの」
空気を読まない台詞も意に介さない様子で、彼はラッピングをほどき始めた。
もうちょっと丁寧に開けなさいよ、そのリボン結ぶのに何時間かかったと思ってんのと言ってやりたい。
「……バカ、また心臓痛くなった」
「何それ、俺のせいなの?」
「そうだよ、なのに、多分あんたにしか治せない」
しゅるしゅると軽く、何本ものリボンが解けて流れるのを見ながら、あたしはうわごとみたいに呟いた。
「なら俺が責任持って診てやろーじゃん」
はい薬、そう言って唇に挟み込まれたのはいびつな形のチョコレート。
同じものを自分の口に放り込んで、彼はまるでもう部員同士での獲得競争に勝ったみたいに笑う。
前言撤回、この病はこいつに任せたら悪化の一途を辿りそうだ。
この熱はもう下がらない、多分。甘い匂いに、胸やけがする。

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