SKETCHES

□スウィート・エイド
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「いひゃい」
「……」
「いひゃいっちゅーに」
「……」
「なあ、いーひゃーいー」
「……歯磨きサボるからそないなことになるんや」
長きにわたる沈黙の末、謙也は私の訴えに対してようやく口を開いた。
頬を押さえて涙すら滲ませる私に、謙也は更に非情にも「アホ」と続けただけで前を向く。
「せや言うたかて、虫歯がこないに痛いなんて知らんかってん!知っとったらご飯の後に毎回歯ー磨いとった……っあたた」
喋りすぎるとこれまた痛くて、私は思わず体を縮めて痛みに耐えた。
そう、虫歯。お菓子を食べながら気付いたら朝まで寝てしまうタイプの私は、とうとう立派な虫歯を作ってしまったのだ。奥歯の裏、そこが痛むこと痛むこと。大好きなお菓子は勿論飲み物だってしみるし、何も食べられなくてもう泣きそうだ。
その上、普段の体たらくが分かっているだけに家族は恐ろしく冷たい。
「みな『舐めたら治る』とか言うだけで相手にしてくれへんし。舐めるも何も口の中やないか!ってツッコむ元気も出えへんかったわ」
「せやろな」
「『せやろな』て何やねんホンマ腹立つわ!うちがこない痛がっとるっちゅうのに、彼氏やったら何とかしっ……」
そこまで吐き出したところで、首の裏を取られて顔を引き寄せられる。謙也の舌先が上顎と下顎の隙間を押し広げた。口の中の粘膜に沿って進んだ舌は奥歯を探し当てて、ちろちろと繰り返し表面をなぞられる。強引な口づけプラス歯に引っ掛かる感覚に痛みが走って、思わず眉を顰めた。ぺちゃ、という音のせいでいやらしいことをしている気分になる。睫毛同士が絡み合いそうな距離で、謙也が目を細める。
最後に再び唇の端をれろ、と舐め上げられて、離された。
上目遣いに睨んでみせれば、あっけらかんとした口調で謙也は言う。
「舐めとったら治るんやろ?」
「……医者の息子がそないなんでええの」
照れ隠しに唇を尖らせてぶすっとしたら、今度は頬の上から痛いとこに軽くキスを落とされた。
「応急処置や。あとは歯医者行って、」
しっかり診てもろて痛いん我慢してきたらもっかい俺が舐めて治したる。せやから行ってき、な。
そんなことを言われながら頭を撫でられれば、もう頷くしか術がない。謙也はおっしゃ、と笑って、不機嫌な顔をしたままの私の背中に腕を回した。

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