SKETCHES

□夏、来たりなば
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暑くて暑くて、今すぐシャワーでも浴びたい!……と考えていたら、本当に水が降ってきた。
浴びたいと思ってはいても実際浴びるとなると話は別だ。私は髪から水を滴らせて、呆然と自分の首から下を見下ろした。スカートを除けば見事に、ずぶ濡れ、である。
「あ、悪っりーい」
悪いなどとは露程も感じていなそうな陽気な声が掛けられて、私は死んだ目のままで面を上げた。
体育館脇の水道を占領して水遊びに興じる男子の一団、その中でこちらに向かってヘラヘラと手を挙げているのは、同級生の中では知らぬ者のない問題児の切原赤也だ。日光を吸収してさぞや熱くなっているだろう天然パーマの髪を少し濡らして、頬に張り付かせている。その片方の手には勢いよく水を流すホースが握られていた。
何が起きたのか事態を把握して、ちょっと!とようやく怒り出す私を、赤也筆頭に悪ガキどもはげらげら笑っている。くっそー、今すぐ全員プールに突き落としてやりたい!
歯噛みしながらその場に立ち尽くしていれば、横殴りの雨を降らせた張本人は近くの男子にホースの先をぱしっと投げて渡すと私に近づいてきた。
スラックスの裾を捲り上げて何も履いていない足が、数メートル先の正面で止まる。
「着替えとかねーの?」
「ない」
体操服は持ってるけど、今日授業で使って汗だくで、こんなのに着替える位ならこのまま帰る方がずっとマシだ。
そんな不機嫌な私の答えにあっそ、とだけ呟くと、赤也はおもむろに自らの首元に手を掛けてネクタイをする、と外した。
何をするかと思えば、私の目の前で赤也はシャツを脱ぎだした。襟元から、下に着るTシャツの鮮やかなオレンジが覗いていく。躊躇いのない手があっという間にボタンを一つ、二つと外すのを、私はただ眺めていた。
そこへ、くしゃと丸めて放られるシャツ。
「使えよ!」
反射的に受け取れば、赤也は投げた姿勢のままにっと笑った。綿100%の布地は赤也の体温を残している。
「っと、こいつも忘れてた」
それからぎゅうぎゅうに詰め込んでいたらしいタオルをポケットから引っ張り出して、頭に被せてきた。大股で歩み寄るやいなや、わしゃわしゃと髪を乱暴に擦られる。
わ、とか声を上げる私の両頬をタオルの上から挟むと、ほんの少し困ってますって感じに苦笑して、赤也は駄目押しの一言を発した。
「勘弁してくれって、な!」
それからもう一度だけ頭をぽんと叩いて、赤也はひらと体を翻した。
私はぱちりとまばたきした。次の瞬間には何事もなかったかのように輪の中に戻って、水を掛けられて笑う赤也がいる。
けれど、制服のズボンにオレンジのTシャツだけのその姿は群れの中で非常に浮いていた。多分先生に見つかったら校則違反で怒られるだろう。
踊る裸足の辺りをぼうっと見ていたら、さっき触れられた頬がだんだん熱くなってきた。両手で掴んで抱えたままの白いシャツが胸元で押し潰れる。
はたから見れば、私は泣きそうな顔になっていたかもしれない。もう怒りなんてとっくに醒めていたが、私は確かに悔しかったのだ。
──何で、こんなので、『好き』が始まっちゃうんだろう。

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