SKETCHES

□白夜と極夜のはざまに
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父の転勤が決まったのは、季節が春から夏へ移らんとする、湿気の高い薄曇りの日だった。
今まで何となく生きてきて、これからも何となく生きていく、人生はそういうものだろうと感じている。だから引越し先にあまりに遠い場所を示されても、面倒だと思っただけで、生活し馴れた土地を離れることに対しては何の感慨も湧きはしなかった。それは勿論、学校を変わることについても同じだった。
氷帝は、私にとっては最後まで、仮面のような印象を崩さない学校だ。華やかで、希薄で、冷淡。輝かしい将来、権力に裏打ちされた自信。校舎中がそんな奇妙な明るさで満ちている。
そんな学校に通うのも、あと一ヶ月足らずで終わりだと告げられた。幕切れはいつだって突然だ。
急な決定だったが、栄転だったので父に断る理由はなかった。母と私への相談もなかったが、いつものことだ。
唐突な引越しの用意に気忙しく働く母を尻目に、私は元々持ち物が少ないせいもあってか、初めての経験にも関わらずあっという間に自室の荷造りを終えてしまった。案外旅人気質なのかもしれない、すっきりした部屋で、一人笑った。
でもその割には、新しい住所をグーグルで検索して見ても、ちっともわくわくできなかった。あまりに現実味がない。画面の向こうのお洒落すぎる町並みには、わざとらしい印象しか持てずにいる。
私の居場所は、一体どこにあるというのだろう。
何不自由なく茫洋と過ごしてきたせいなのか、私の中には、ここのどんな事物も心に残っていない。周りにあるのは、気持ちの整理などいらず、すぐにでも「はい、さようなら」ができるものばかりだ。
自分の過去の内のいつを思い出そうとしても、それは明るくも暗くもなく、ちょうどあの日と同じこんな天気の如くぼんやりと白い映像になってあらわれる。
寝ても覚めても夢の中にいるみたいに生きてきたのだと、私は初めて、自らの無気力さを思い知った。
さすがに少し、傷ついた。



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