SKETCHES

□白夜と極夜のはざまに
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──自分、うちの部の練習見たことあるか?
ない。
──せやったら、終わるまで暇潰しついでに見てってや。今日はゲームやるし、テニスのルールとか知らへんでもまあまあおもろい思うで。
……そういうわけで、私は放課後のテニスコート脇の観客席後方に座っている。
高い位置から見るコートは思っていたより広くて、この中で一対一で戦うなんてなかなかハードだと感じる。最前列には女の子が群れをなして弾んだ声を上げていた。
別に忍足のことなんて好きでもなんでもない。むしろ苦手なはずなのに、どうしてあんなことを口にしてしまったのだろう。でも相手があいつでなければきっと言わなかった。忍足ならば諾と答えると知っていて、私は非常識な要求をした気がする。
……そう、忍足は、諾と答えた。
「ええで。俺の二週間、自分にやるわ」
目を逸らしもせずに、緩やかな笑みさえ浮かべて。
天下の忍足侑士がそんな簡単に自分を明け渡してもいいのか、と感じる位の大安売りだった。
かと思えば部活が終わるまで当たり前に人を待たせたりする横着さも持っている。
……ぱこん、ぱこん。黄色いボールがネットの上を行き来する。ラリーが途切れる度に歓声が湧いた。
確実に向こうの方が世渡り上手だろうとは思うが、私にどこか似て、荒波を飄々と泳ぐような男だ。だからふざけた要求もそれ以上の冗談にして応えてしまえるのだろう。
この気まぐれのぶつかり合いがどんな形を辿るのか、今は知る由もなかった。
「──ゲームセット、忍足さん」
私ははっとして意識をコートに戻した。忍足は勝ったようだった。
その試合の審判をやっていたのは二年生らしき部員だ。次は俺の相手して下さいよ、と迫る後輩を忍足は勘弁してくれとあしらっている。
そのままベンチに掛けてあるタオルを取って、あいつはふとこちらに視線を投げてきた。
私は膝に頬杖をついた姿勢のまま、手を振ったりするでもなく、ただ忍足の目をじっと見返す。
時間が交叉すること、暫し。
喉の汗を拭いながら、若干笑ったのか、忍足はすいと目を伏せて観客席に背を向けた。
視線を受けることに慣れた流し方だな、後ろ姿を見ながら思った。やっぱりああいう奴は好きじゃない。
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