SKETCHES

□ミスティック
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流行りのファッションだからって理由ならまだしも、本来の使用目的のためにトレッキングシューズを買うことになるなんて思ってもみなかった。
「清純は街にいたら他の女の子ばっかり見るから」
そう言って、仁王立ちのあの子は俺に指を突き付けた。
同じことを今まで一体何人に責められたか、覚えていない。俺のこれはもう呼吸みたいなもので、日々の活力の源であり趣味なんだと説明しても分かってもらえななくて。君達だってテレビの中の俳優にポーッとなってるじゃないかと言いたいんだけど、女の子いわくそれとこれとは別物らしいのだ。
弁解させてもらえるなら、俺はいつだって本当に本当に『カノジョ』が一番大切だった。……なかなか信じてはもらえなかったけどね。
だけどあの子は今までの『カノジョ』達みたいに、俺をなじったり頬を叩いたり泣いたりはしなかった。
それどころか、勝ち誇ったみたいな表情で、
「だから、山行こ。女の子に目が行くんだったら、いない所でデートすればいいんだもん」
と宣言したのだ。
発想の転換だなあ、と俺は感嘆の息を吐いた。参ったなと少し思ったのも事実だけど。
そういうわけで、彼女と俺は今、ハイキングをしている。
空は晴れ渡っていて、風が気持ちいい。学校と家の行き来だけの普段の生活では感じられない空気の清冽さにはっとする。たまにはいいかも、こういうの。
ただし、見事に女の子はいない。
ご夫婦で来ているのだろう、白髪の男性の後ろを歩き、すれ違う度笑顔で挨拶してくれるおばあちゃんは可愛いと思うけど……うん。確かに、鼻の下を伸ばして眺める対象にはならないよね。
だから俺がそうするのは君にだけだ。
陽光を透かしてエメラルド色に輝く緑をバックに笑顔で先を行く君は、マウンテンパーカに帽子なんて被っちゃって、何だか新鮮だ。街では今どきの格好でお洒落な君だけど、山ガールな君もとっても魅力的だよ。
そんな風に見とれていたらすっかり歩みが遅くなってしまったようで、彼女の姿が遠くなってしまった。
振り返って怪訝そうな表情をしたと思ったら、早くー!と大きな声で急かされる。メンゴ、今すぐそっちへ行くよ。
女の子に置いてけぼりにされるなんて、山吹中男子テニス部のエースの名がすたる。俺はリュックを背負い直すと、彼女に追いつくために、おろしたてのシューズで一歩駆け出した。
「俺達も、年をとっても一緒に山歩きできる、そんな夫婦になれたらいいね」
って、大好きな人に言いたくて。

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