SKETCHES

□Yの告白
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秘密は作りたくないんだ。
だから、君には伝えておくよ。
つまらないかもしれないけれど、俺の話、聞いてくれるかな。

俺はね、ずっと思っていたんだ。
俺という人間は、おとなしい顔をして見えてわがままで、嫉妬深くて、自分が何もできないと分かっているくせに出たがりなところもあって、おだてられると謙遜してみせながらすぐに調子に乗ってしまう。
それでいて他人の顔色が気になって仕方なくて。
みんなが俺を見てくれなくなるのもこわいけれど、一体どんな風に見ているのか、考えては内心ピリピリしている。
うーん……表現が難しいね。
陰口はするのもされるのも苦手なんだけど、嫌われるだけならまだいい、かな。
期待されていたのが失望に変わるのが、何よりもこわいんだ。
「あいつは、この程度の奴だったんだ」
って。
君は、他人のことなんて気にするなって言うかもしれない。
勝手に期待でも何でも、好きにさせておけ、ってね。
それがどうしても駄目なんだ。
変なところで俺は大胆になるみたいだけど、元々は気が小さい人間だから、そういうの、引っ掛かっちゃうみたいでね。
それこそ、考え始めたら夜も眠くなる位に。

……やだな、そんなにびっくりしないで。
俺は、こういう男だよ。
今、君の目の前にいる幸村精市は、周りの何もかもに押し潰されそうで、苦しい時には周りを憎んだり蔑んだりすることしかできずに生きてきた、卑小な男なんだ。
顔は笑ってたって、胸の内では猜疑心に満ちた表情で君を睨んでいるかもしれない。
……ごめんね。
そうだよ、君だって例外じゃないんだ。
大事だと確かに思っている人に対してさえ、その全てを包んで何もかも受け止めるなんて大層なことは、する前から腰が引けてしまう。
つまりは臆病なんだ。
多分俺は、自分以外の人間ならいくらでも切り捨ててしまえるところがあるんだろう。
皆そうだと思っていた。
でも、君に会って、そうじゃないと分かったよ。
初めて触れた君の心は、とても温かかった。
俺の心は……冷たいのかな。
もしかしたら、普通じゃないのかもしれないね。
昔から特別だなんて言われることに慣れたせいかな。
……ほら、こうやって、ね。
すぐ人のせいにしようとするんだ。
自分でも、嫌になるよ。

でも、俺はいつだって怯えてるんだ。
どうか……これから言うことは、他の人には内緒にしてくれるかな。
君だから、話すんだ。
俺が自分に自信を持てるのはね、……コートに立っている時だけなんだよ。
テニスで相手を打ち負かしている間だけ、俺は誰かよりも優れていると感じることができる。
傲慢な思い込みだとどこかでは気づいてた。
でも、そんなテニスのやり方を捨てることなんてできなかった。
俺は、『神の子』なんてあだ名を付けられて、いつの間にか本当に神様みたいな気分でいたのかもしれないね。
正確には、そんな気分でいたかったんだ。
皆に必要とされて、慕われて、時には羨みや妬みでいっぱいにまみれて。
でもどんな相手がきても誰しもに平等に穏やかでいられる、そんな、聖書に載ってる人みたいになりたかった。
こんなにちっぽけな人間のくせに、おこがましいことだよ。
こうやって本当のことを話しているだけで、……情けないなぁ、今だって泣きそうなんだ。

もう分かるだろう、君にも。
俺は弱い男なんだよ。
人を下に見ようとすることしかできなくて、いざテニスを奪われるかもしれないと知ったら、そこで初めてなりふり構ってられなくなって。
みっともないところもいっぱい見せてしまったね。
皆は、俺の復帰のための努力を賞賛してくれたけれど、ただこわかっただけさ。
俺からテニスを取ったら、何も残らない。
自分が一番、よく分かってたから。
……ふふ、そのテニスでも、年下のボウヤに負けてしまったけどね。
こんな俺、格好悪いって思わないかい?

俺の話は、これで終わりだよ。
……君にそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。
ずっと俺のそばにいてくれて、励ましてくれた君にこそ、知ってほしかった。
君は俺を『強い』と言う。
君だけじゃなく、皆が盲信していたね。
そうじゃないんだってこと……ようやく言えた。
吐き出せて、すっきりしたよ。
ただ、もう一つ、君に告げておきたいことがある。
今までの俺は弱かったけれど、これからは違う。
俺は変わるよ。
強くなりたい。
テニスだけに寄り掛かった強さじゃなくて、俺自身の本当の強さを手に入れたいんだ。
病という絶望の淵から這い上がって掴み取った、せっかくの命だから。
それに恥じない生き方をしたいんだ。
だから、これからも……ついてきてくれるかい?

時々は後ろを振り返ることもあるだろう。
でも君がいてくれるなら、立ち止まりながらでも、俺は前だけを目指して歩いていける気がするよ。
こんな俺に手を伸ばして、笑いかけてくれる君がいるならば。

もし今日がその日なら、俺は何も持たずに君の手を握り返そう。
大丈夫、ラケットなんて振りかざさなくてもむやみに全てを恐れたりしないよ。
君と立つこの場所が、この瞬間が、進むべき道へ繋がるプロローグなんだ。
もう迷いはない。
さあ、いつもみたいな、輝くような笑顔を俺に見せて?
共に行こう。
俺を信じてくれたこと、決して後悔はさせないよ。
必ず素晴らしい景色を、君に見せてあげる。
……おっと、何より大事なことを言い忘れるところだった。
君と出会えた奇跡に、全ての感謝を。

「ありがとう」

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