付喪堂綴り・1
□居酒屋くまねこ
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居酒屋くまねこ
「人間模様」
東京‥人の波があわただしく、寄せては返す街。
ネオンの輝き、夜の蝶‥そんな華やかさとは遠く離れた裏路地で
ひっそりと赤ちょうちんに火が灯る。
古めかしい暖簾には「居酒屋くまねこ」の文字。
そこに、1人の女性がやってくる。
苦労を多く重ねた女性の華奢な肩。
けれど、それでは冷たい世間を生き抜けなくて
気を強く、豪快に笑ったりしているが‥
『僕んとこに来た時くらい、ホンマのお姉さんでええですよ』と、居酒屋の主人は言うだろう。
ここの主人は変わっていて、どこからどう見ても「50センチ大のパンダのぬいぐるみ」。
名を「伝助」という。
『疲れた人、悲しいことがあった人‥僕のお店に来てください。
飲んで騒いで、なんやったら一緒に泣きます。
嬉しいことがあった人、幸せがやってきた人も、僕のお店にどうぞ♪
一緒に喜んで、パァーっと騒ごやないですか』by伝助
『まいどぉ!!!』のれんをくぐれば、伝助の元気な声。
『まいどって‥はじめてくるんだけど』
『そないなこと、気にしたらあきまへんえ。
関西では、初めてやのぅても初対面でも
「まいど」と「儲かりまっか」は、あいさつの基本ですがな』
かなり、関西のイメージを間違って伝えているような気がする‥
女性はコートを脱いで席に座ると、熱燗と湯豆腐を注文した。
湯気がポカポカと立ち上る湯豆腐を食べながら
女性は酒を飲む。
『なんや、嬉しそうでんな♪ええことありましたんか』
『え? そんな風に見えますか』
『見えるも何も、お姉さんの全身から ふんわりオーラが出てますがな。
あっ、でもちょっとノドと胃ぃが弱いでっしゃろ。
この時期、えらい乾燥しますし気ぃつけなはれや』
と、突然スピリチュアルな鑑定。
『それと、胃ぃにはキャベツのお味噌汁がええって言いますさかい飲みはったらヨロシ』
ヨロシって‥なぜにベタな中国のイメージ口調になる?
『なんぼ ええからって、バケツ一杯 味噌汁飲んだらあきまへんえ』
飲まんわ!!!
『私ね‥好きな人がいるんですよ。
その人が今日‥一緒に暮らさないかって』
『社員寮で?』
なんでやねん!!!
『ち、違いますよ‥プロポーズです』
チョット引きつりながら、彼女は笑顔で話す。
彼女の人生、辛いことが多かった‥一口で言えるものでもないし
話すにしても、なかなかまとめることも出来なくて。
ただ、多くの辛さや悲しさを乗り越えて
今日と言う日まで歩いてきた。
『それは、お姉さんが歩いてきたことの結果ですがな。
今までの一つ一つ‥辛いことも楽しかったことも
お姉さんがいつも真剣に生きて、ここまで歩いてきた結果でおます。
真心はウソをつきまへん。
真心で生きてきた人には、神さんも真心で応えてくれはるんどす。
幸せになりなはれ‥お姉さん、おめでとさんでおます♪』
伝助は祝福に、奥から一升瓶を出してきた。
『これは「名酒・灘の熊猫☆生一本」僕からのお祝いです。
持って帰っておくれやす』
『ええ! いただいちゃってもいいんですか』
『ええに決まってまんがな。嬉しいことはみんなで笑うと、もっと楽しゅうなります。
悲しいことも、みんなで泣いたら
ひとりひとりの辛いんは、めっちゃ減りますさかい。
ササ、ほな今夜はパッとやりまひょや ないですかぁぁぁ』
東京‥冷たい街と人はいう。
けれど、人と人が寄り添いながら
人は人生という山を登っている。
時には手をつなぎ、時には背中を押されたり押したり。
そうして人は生きていく。
幾重にも人生は重なり、模様を形作っているのだと。
ひっそりとした裏路地に、今夜も赤ちょうちんに火は灯る。
泣きたくなったら来てください。
笑いたい時も来てください。
「居酒屋くまねこ」
『美味しいお酒とステキな曲をご用意して、皆さんのご来店をお待ちしてまっさぁぁぁ♪』