付喪堂綴り・1

□第8章・1
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都内

ペンが購入したディスクが入った袋を手に、付喪堂へ帰ろうとしていた。

すると、通りの向こうに子犬と一緒に歩く珍平を見つけ

『おーい』と声をかけ、寄っていく。

ペン「珍平さん、こがん(こんな)ところで どーしたとね?」

珍平「お、ペン! ちょうどよかった」

珍平の横にいる子犬はとても可愛らしく、でも悲しげな表情をしているのが気になったペン。

歩きながら訳を話す珍平によると‥子犬の名は『りん』という。

りんはなぜか慌ただしい家の中で、落ち着かず嫌な思いをしていたところ
ドアが開いたままになっているのに気が付き
一緒に暮らす人たちの眼が離れていたのもあってつい、外へ出てしまったらしい。

いつも散歩に出てるから‥近くなら帰ってこれると、少しのあいだ騒々しい家を抜け出して
ひとりで散歩してみようと、はじめは楽しく感じてスキップするようにウキウキ気分。

目に入った子猫に『友達になろうよ』と声をかけて
後についていったのが失敗だった。

ふと気づくとそこは、これまで見もしたことがない町の中。

いつものお散歩コースから完全に離れて りんは、迷子になってしまっていた。

子猫もどこへ行ったからわからず、帰り道を聞こうと思っても誰に聞いていいものか‥

必死な思いで家へ帰ろうと走り回るが、かえって見知らぬ道へ出るばかりで

そんなときに野良犬たちに絡まれ、珍平に助けてもらった‥と、いうことだ。

ここへ来るまで、怖さのあまり泣いてしまったりんをどうしたらよいものか
アタフタと困った珍平の苦労は相当のもの。

ようやく泣き止んだりんから事情を聴きながら、歩いていたところだ。

ペン「迷子の子犬ちゃんかぁ」

珍平「犬のお巡りさんがいてくれたら良かったが、おったんは悪か野良犬たちやったたい」

ペン「そりゃ不運ばい。

野良犬たちも優しいヤツもおりゃ、小憎らしいヤツもおる」

珍平「そうったい、不運は不運やけども‥それで終わらせるワケにはイカンで
この子の家を見つけてやりたいんじゃ。

ペン、チョット手伝ってくれんか?」

ペン「そりゃ喜んで手伝いますばい。

こん子も不安じゃろうし、こん子のともだちも捜しとるかもしれんし」

りん「ありがとうございます! なんてお礼を言ったらいいか」

ペン「なぁに、礼はよかよ」

珍平「そうたい、礼はいらんとよ。

困っとるときはお互いさまじゃ。

今は寂しゅうて不安やろうけど、ちょっとの間やけん
我慢するとよ」

りん「はい!」

珍平「この周辺、そんなに離れておらんと思うが」

ペン「オイもそう思いますばい。

そんならまず、周辺の[がっちり守りますんにゃわシステム]ば、チェックしますか」

ペンは愛・伝えまフォンを取りだし付喪堂のメインコンピューターにアクセス。

少しずつ範囲を広げて映像をチェックしていく。

まず1週間分、それでだめなら10日間、20日間、1ヶ月

丹念に調べていくしか方法はない。

ペン「チェックには時間がかかるかも知れんばってん‥」

そう言ったとたんのこと。

ペン「あっ!」

珍平「どげんしたね」

ペン「おりましたばい、りんちゃん‥男の子と歩いとります」

珍平「早かなぁ、さすがペンたい」

缶吉と同じレベルで仕事を任せられるペンは、とても心強い。

珍平「りんちゃん、こん男の子に覚えはあるか?」

愛・伝えまフォンに映る、りんと男の子の映像を見せる。

りん「充くん! 珍平さん私、充くんと、充くんと暮らしてました」

珍平「そうか‥で、ペン、これはどこのブロックか?」

ペン「ここから2ブロック離れたところでしたい。

これが3日前のデータ‥もう少し追いかけて家ば特定します」

珍平「よろしく頼む。

りんちゃん、まずワシらもそこへ行ってみよう。

生活圏に行けば道もきっと思い出すやろうし」

ペンはデータをチェックしながら、2ブロック先まで珍平たちの後について歩いていく。

都内・住宅街

ペンのおかげで暮らしていた地域が判明し、そこまでやってきた珍平たち。

するとやはり考えた通り、りんは家までの道を思い出す。

急ぎ足で住んでいた家までやってきたのだが‥

珍平「どげんか?」

ペンがキョロキョロ‥

ペン「人がおる気配がなか」

りんは裏庭まで走っていくが、そう時間も経つことなく戻ってきた。

りん「いない‥みんな、どこへ行っちゃったの? どこへ?

充くんも、お父さんもお母さんも‥」

ペン「こいは いったい(これは いったい)‥」

珍平「どこかへ出かけているっちゅーワケやなかやろな」

もしかしたなら りんは、引っ越しをするためにわざとつないだ紐を外し
迷うように仕向けられたのかも?そんな疑いも抱いてしまう。

珍平「いや、そげなことはないはず」

そう信じたいと珍平は思った。

なにより、孤独になったことで震えるほどに悲しんでいるこの りんが不憫で
どうやって声をかけていいかと、珍平は考えていた。

けども、いくら考えたところで言葉をかけたところで
悲しみに沈んだ心に言葉が届くとは限らない。

言葉を尽くしても尽くしても。

だったらたとえ黙ったままでも、そばに寄り添うことで
ぬくもりは必ず伝わるもので
そのぬくもりが孤独に震えるものに伝わり、癒すことができる。

不器用だから。

あまり上手く想いを伝えられない珍平は
言葉をかける温かさより、黙って ぬくもりを伝えることを選ぶ。

しばらくそのまま‥時間が過ぎていく。

ペンはその間、データをさらにチェックして
引っ越し業者の車がやってきた朝
家を出ていく りん

そこまでをチェックして

ペン「やっぱり引っ越しやったか」

引っ越し当日、りんはふいに外へ出てしまい道に迷って。
それが事故なのかそれとも飼い主の意図した出来事なのか?

りん「もういいんです。

私が勝手に出たのが悪かったんです。

もしも‥もしも、それがわざとだったとしても
私がなにか嫌われることをしたのかもしれない。

していないとしても、邪魔になってしまっていたのかもしれないし」

珍平は黙って聞いている。

りん「なににしても私、独りで生きていかなきゃですね。

えへへ‥でも‥私に出来るかな‥」

珍平はりんの寂しそうな顔を見て

珍平「心配せんでよか。

独りやなかたい、ワシがそばにおる、ワシらぁがそばについとるたい」

優しく微笑む珍平に幾分、不安や悲しみが薄れた気がする りん。

そのときだった‥家の門の前を野良犬の集団が塞ぐ。

ペン「野良犬がこんなに?」

珍平「さっきのヤツラか‥なんど痛い目におぅたらわかるんじゃ!?」

珍平がまず門から飛び出るとサッと蜘蛛の子を散らすように散開して
すぐさま集まり取り囲む。

珍平「ええんか? こんなに集まっとったら
すぐに通報されて厄介なことになるぞ」

野良犬・1「とっとと殺っちまえ!」

保健所などに通報されたら大変と、野良犬たちは報復を急ぐ。

ペン「そんな急ぎの仕事でやることやなかろうが!」

珍平に続いてペンも飛び出してくる。

囲み、襲ってくる野良犬たちを投げ飛ばしあるいは殴り倒し蹴り飛ばし
珍平とペンは大暴れしていっきに野良犬集団を追い払う。

珍平「これでよか‥遅くなればなるほど、あん犬たちにとってよか結果にならんで」

捕まえられ、施設に入れば殺処分というものが待っているだけ。

それは避けたいと思い、こちらも急いで追い払ったというワケだ。

ペン「こりゃ困ったもんでしたい。

うかつに付喪堂へ戻るワケにもイカン‥」

おそらくまだ野良犬たちは、どこかで見張って追ってくるはず。

そうでなくても付喪堂ということはしれわたっている‥

子犬・りんのためだけでなく、野良犬集団のためにも
付喪堂での大騒ぎになることは避けたい。

ご近所さんたちはきっとすぐに通報することだろう。

珍平「とりあえず、りんちゃんば連れて街を歩く。

歩きながら考えるたい」

ペン「わかりました」

珍平「りんちゃん、行こうか」

襲撃に怯えていたが、珍平の笑顔にホッとして近づいてくる。

とりあえず来た道を戻る珍平たち。


都内・橋の下

川そばを少し歩いたところに橋がかかっていて、その下に少しスペースがある。

以前はホームレスが寝泊まりしていたようだが

若者たちによって引き起こされた大暴動‥モンスタリアが事の発端ではあるが
元凶は人自身の悪意であり、多くの悲劇や許されない罪が犯されて
結果、今はすっかり誰もいなくなり野良犬たちの根城になっていた。

ぬいぐるみと子犬に恥をかかされて、黙っていてはメンツに関わると
野良犬グループは珍平たちの後を追って、力に任せてことを終えようと躍起になっていた。

いま、根城に残っているのは手下10数匹とカシラと呼ばれる犬、そしてボス。

あと、珍平たちにコテンパンにやられた手下の犬たち。

カシラ「あれだけ頭数そろえてコテンパンにやられただと!? ナメてんのか!」

手下・1「そそそ、それがホントの話で」

手下・2「めっぽう強いパンダでして、それにペンギンまで加わって」

手下・1「付喪神、未確認破壊脅威が相手じゃ
ちっとやそっとじゃヤレやしませんぜ‥」

カシラ「チッ、なんでぇなんでぇ情けねぇ! どいつもこいつも雁首揃えて使えねぇなぁ!

よし、こうなったら」

カシラは『先生』と呼ぶ。

あらわれたのはとてもキュートなクマのぬいぐるみ。

20センチ大くらい‥熊というには、やや小柄。

爽やかな少年のような、そんな印象のクマさん人形。

カシラ「先生、聞いての通りです。

パンダとペンギンのぬいぐるみ、始末してもらいますよ」

クマのぬいぐるみは、付喪神ということで野良犬グループに用心棒として雇われた。

世間を騒がせた未確認破壊脅威、その中に付喪神の集団・付喪堂もいた。

そのことから付喪神は、いまや誰もが欲しがる裏社会の戦力となりつつある。

いつの世もどの世界でも、善意より悪意が大きく早く広がっていくもので‥。

ボス「先生、よろしく頼みますよ」

クマのぬいぐるみは黙ったまま、3匹の手下野良犬を連れて
珍平たちのところへと向かう。

カシラ「ヤツに任せておけば安心でしょう。

なんていったって付喪神、しかもクマのぬいぐるみですからね。

身体は小さくても怪力は間違いねぇかと」

ボス「当たり前だ、それだけの分食わしてやってたんだからな。

ここらで仕事してもらわねぇと」

『だったら、私がピッタリの戦力を紹介してあげるわよ』

声を発して現れたのは蝕。

そして後ろから撫子。

カシラ「誰だ!」

蝕「心配しないでいいわ、あなたたちの味方だから」

ボス「なんでお前は俺たちの言葉が分かる?」

蝕「そうね‥私も付喪神だから」

カシラ「なっ!?」

蝕「この子も付喪神」

撫子へ手を向けてそう言った。

蝕「私は以前、未確認破壊脅威第6号‥なんて人間から呼ばれていたこともあったわ」

カシラ「おまえ‥未確認‥」

蝕「どう? 私の提案を聞く気になったかしら」

カシラ「へっ、胡散臭いテメェの言うことなんざ聞く耳もたねぇな!

あの用心棒は伝説の人食い熊と恐れられた奴。

それをどうして、テメェらみてぇなどこの馬の骨ともわからねぇのを雇う?

とっとと失せやがれ」

蝕「あらあら、そんなに邪険に扱っていいのかしら」

カシラ「しつこいぜ!」

ボス「まぁ待て」

カシラ「ボスっ」

ボス「せっかくだ、話しを聞かせてもらおうか」

蝕「ふふん、そうこなきゃね。賢い選択よ、親分さん。

この子、このゴリラちゃんを用心棒として あなたたちに貸してあげる」

ボス「見返りは何が欲しい?」

蝕「たいしたことじゃないわ、欲しいのはパンダとペンギンの首。

ソレを私たちが獲る、それだけよ」

ボス「理由は?」

蝕「聞かないのが裏社会のルールじゃなかったかしら?

干渉せず、お互いの利益だけを考え手を握る。

損な話じゃないわよ」

ボスはしばらく考えるがやがて『わかった』と呟く。

蝕「じゃあゴリラちゃん、ワンちゃんたちを困らせる付喪神たちを始末してきてちょうだい」

撫子「ソイツら、強いのか?」

蝕「ええ、そりゃもちろん。

ただし、ソイツらを倒してもまだ上がいるわ。

青い鳥、魔法使いの坊や、兎、犬‥そして、最強のパンダ。

アナタがどこまでやれるのかしらね。

間違いなくそれらを倒したら世界最強の称号を得られるわ」

撫子「わかったウホ」

カシラ「ここは俺が使えるかどうか見極めてやるぜ。

おう、ひとっ走りして他の奴らも集めてこい」

返事をして手下の1匹が、街に散らばっている仲間を集めに走る。

カシラ「おぅオマエら、俺が留守してる間しっかりソイツを見張ってろよ」

残る手下たちは威勢よく返事をする。

撫子はカシラとともに珍平たちのいる場所へと向かっていった。。

蝕「ふふん、あの子‥どこまで使えるのかしらね」

笑みを浮かべる蝕。

ボスはそんな蝕に声をかける。

ボス「オマエ、よっく見ればなかなかの女だな。どうだ、俺の女にならねぇか?

朝風呂 丹前 長火鉢、ドジョウ玉子の暴れ食いってな

そりゃあイイ目を見させてやるぜ」

蝕「私を口説く気?そうねぇ、どうしようかしら」

笑みのままボスに近づき蝕は、強烈に蹴り上げる。

倒れるボス、手下たちは血相を変えて蝕に飛びかかるが敵うはずもなくのされてしまう。

ボス「こ、この」

口を開けて吠えようとしたボスだったが、その口へ蝕は足をねじ込み

蝕「それ以上くだらないことは言わないことよ、ワンちゃん。

このままオマエの頭を踏みつぶすことだってできるのよ、

オマエは黙ってりゃいいの。

オマエはオマエの利益を、私は私の利益を‥ただそれだけでしょ、違う?」

蝕の殺意が本気で、その力になす術はないと悟ったボスは
『はい』と返事をするように、涙をためて命乞いをする瞳を見せた。

蝕は野良犬の口から足を外し

蝕「お利口さんね」

軽く微笑むと去っていく。
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