旧 霊皇戦隊セイレンジャー 1

□短編・クリスマス編
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パチンコ店 午後4時。そろそろ日も暮れ始めている。

賑やかな店内‥色とりどりに輝く台が、まるでクリスマスツリーのよう。

玉の貸出機から少し離れた場所に大きくて長めのソファーが設置している。

座っている幼い女の子がいた。

名を「矢野 恵」。5歳になる女の子は、退屈そうな
顔をしてジュースの自販機の上にある音の出ないテレビをジッと眺めている。

この子の母親は最近、何をするともなしにパチンコ店に通っている。

みなが楽しさを感じに訪れるこの店で、彼女だけは違っていた。

会社勤めの亭主を送り出したなら直行でパチンコを打つ‥不機嫌な表情で。

都合のいい事に夫はいつも残業で帰りが遅かった。

『ほんとに残業してるのかしら』イラつきながらこう言うのが母親の日課。

初めはすれ違う夫婦生活の寂しさや子育てなど、日々の暮らしのストレスを紛らわすために、明るい雰囲気のこの店にフラッと立ち寄っただけ。

それがいつしか、まるで依存症みたいになっていた‥すべてをパチンコのせいにして。

今日も恵は母に手をひかれ、店に入ってすでに7時間‥ソファーでうたた寝をしたり、

背負った、ちっちゃなリュックに入れている小振りのぬいぐるみやお気に入りの絵本を
読んでいる。

幼稚園に通わせればいいものを、家計に余裕が無いからと言っては家に
引き止める。

弁当作りに雑巾作り、色々な行事に母親同士のお付き合い。

すべが面倒くさく思えて…だ。

思えば新婚まもなくから寂しい毎日だった。

妊娠を知った日も夫は帰宅しなかった。

初挑戦のビーフストロガノフが上手く出来た日も、身重のお腹が痛んで
しかたなかった日も、生まれてくる子の靴下がやっと編み終わった日も。

陣痛が来て、恵を出産‥生まれた可愛い娘を夫がその手に抱いたのは生後2日過ぎての
事だった。

女がいるのならまだましだ。

夫はその辺りには実直な男で、妻ひとすじに思ってくれている。

ただ、仕事に関しては、まったく家庭を顧みない人だった。

何もかもが仕事優先、まるで働くために家庭があるようだ‥こんな事を言えば、
わがままに聞こえるだろうし、非難されるかも知れない。

だから誰にも相談出来ず、別に不貞を働いた訳でもないので離婚なんて切り出せない、
理由が無い。

夫は仕事以外はとても良き夫だから。

だから何もかも放り出してよいとは言えないが。

恵のお昼ご飯はいつもメロンパン。

パチンコ店前にあるコンビニで買った物‥

ソファーに座る前に、母から手渡される500円玉をまだ小さな手で握り締めて、

メロンパンとコーヒー牛乳の小パックを買うのが恵の毎日する事。

あとはひたすら待つだけの時間をすごす。

今日もいつものように音の出てないテレビを眺め、バタバタと足をばたつかせている。

時折、あくびをする恵。

コンコンッ‥コンコンコンコンコンッ…。

どこからか音がする。

恵「なに?」

どこから音がするのかわからない。

コンコンッ‥コンコンコンコンコンッ…ゴンッ!

恵「キャ!」

突然大きくなった物音にびっくりする。

不思議な物音は後ろからだ‥振り返ると、

外からぬいぐるみのパンダが厚めのガラスを叩いている。

恵が見たのを合図に必殺の可愛さアピールが始まる。

可愛い表情を作りながらの変な振り付けのダンスに時々混ぜ込んでくる投げキッス。

恵「わぁ♪」

目の前で踊り狂う、ちっちゃなパンダ(ぬいぐるみ)に喜んでいる。

そんな、見るからに怪しいパンダがおいでおいでと手招きする。

恵は嬉しそうに外へと向かう。

伝助「お嬢さんっ、お名前は?僕、伝助」

ペコリと頭を下げる。

恵「わたし恵!矢野 恵です♪」

元気よく挨拶をした。

伝助「めぐみちゅわんやな♪いっつもいっも、さみしいって泣きながら僕に
ゆーてきてたやろ」

恵「え?」

伝助「心ん中から聞こえてきたんや」

恵は訳がわからず、キョトンとしていた。

伝助「ほな、行こか♪」

恵「行くってどこに?」

伝助「今日は何の日?」

恵「えーと‥あ!クリスマスっ」

伝助「そうっ!ま、正しくはクリスマス・イボっ‥ちゃう、イブちゅーんやけどな。
ほな行きまひょ」

恵「え?でも‥パチンコ屋さんから出ちゃいけないって、お母さんに言われてるし‥」

伝助「だいじょーぶって♪これはサンタさんからのプレゼントやさかい」

恵「サンタさんからの!?」

伝助「そうや、いつもかしこぉしてる恵ちゃんへサンタさんがプレゼントやったらんかいって、言わはってな。僕が届けに来たっちゅう訳や」

恵「ホントに!」

とても嬉しそうだ。

伝助「やから、すぺっしゃるクリスマスパーティーにご招待でおます。あ、そうそう‥

ひとつ言い忘れてたけど、普通こんな風に知らんヤツから声かけられても相手にしたら
あきまへんよ」

今さらのような気もするが…。

伝助「ほしたら、行きまっせっ!!」

フワッと二人の体が宙へ浮く。

みるみる間に遥か上空へと移動する。

とても美しい夕日が茜色に2人を染め、やがて日は沈んでゆく。

すると、宝石箱の中からダイヤやルビーにエメラルド、サファイア、トパーズ、
ぺリドット…散らばしたかのようにキラキラとした夜景が眼下に広がっていた。

恵「わぁ‥きれい‥」

あまりの美しさにウットリと見とれている。

伝助「そやな♪」

笑顔を見せる。

恵「あっ!お家だっ」

恵が住んでいるマンションを通り過ぎ、宝石箱の地上を映す鏡のような夜空を進む。

やがて、見えてきたのは閉園している遊園地。

去年、営業不振で閉園したままで取り壊させずじまいの、遊園地‥

2人が近づくと、動力を落とされているはずの観覧車が動き出す。

次々と明かりも点いてゆき、園内を色鮮やかな光が染め上げてゆく。

伝助「ようこそ、恵ちゃん」

伝助がそう言うと、門が開く。

同時に照明がすべて灯り、遊具も次々と動き出した。

楽しげに回るメリーゴーラウンド、空高く舞う観覧車。

恵は眩い笑顔で辺りを見回す。

園の中央にある広場には、大きなテーブルが置いていて、

豪華な料理が所狭しと並んでいた。

総右衛門「若っ」

姿を現す総右衛門と源左衛門、歩み寄る恵。

総右衛門「ようこそおいでくださいました、それがし総右衛門と申しまする」

源左衛門「源左衛門だ‥」

恵「ワンちゃんに、ウサギさん♪」

とても嬉しそうな顔。

伝助「2人ともごくろーさん。さ、恵ちゃん、これから僕たちとクリスマスパーティーや!」

伝助たちとはしゃぐ恵。ジェットコースターに乗る‥フラフラになる伝助。

次はコーヒーカップ、観覧車‥的当てゲームで満点を出す源左衛門に、

ソフトクリームを持ってきてくれる総右衛門。

みんなで楽しくメリーゴーラウンド…ローストチキンに

フライドポテト、マカロン、スパゲッティー、チョコレートフォンデュにチーズに

大きなクリスマスケーキと可愛い色のシャンメリー。

ピンクのグラスに水色の炭酸がピチピチと小さな花火のように弾け、

色とりどりに変わっていく。

赤になったり黄色になったり…。

一口飲むと

恵「おいしい」

夢のような時間は過ぎていった。

恵はポツリと

恵「お父さんとお母さんといっしょにきたかったなぁ…」

伝助「…なんで?」

恵「お母さんね、いつもお父さんがお仕事で帰ってこなくて悲しそうだもん‥私だって
さみしい」

源左衛門「それで八つ当たりされたとしてもか?」

総右衛門「源左衛門殿っ、率直に聞きすぎですぞ」

恵「?」

総右衛門「つまり‥その‥。母上に恵殿がいじめられていてもでございますか?」

伝助「お前もけっこう直球ド真ん中やないかい」

恵「ちがうもん!お母さんは優しいよ!お父さんだって優しいもん‥どこか痛いだけだもん
痛いから泣きそうになってるだけだもん!」

源左衛門「心が痛む‥と言うわけか」

総右衛門「幼くて訳はわからずとも、何かを感じ取るのでございましょうな」

伝助「そやな‥おかんとおとんはどっかケガしとんねん。ケガが直ったらまたわろぉて
くれるわ…恵ちゃんの言う通りや」

ナデナデナデ♪恵の頭をぐりぐり撫でる伝助。

総右衛門「若っ、撫でようがございまするぞ」

源左衛門「フ‥。伝助」

伝助「ほいなっ!恵ちゃん、そしたらサンタさんからのプレゼント今からわたすさかい、
目ぇつむっときなはれ」

恵「え?」

総右衛門「まま、何も怖いことなどいたしませぬゆえ、お目をつむってくださいませ」

恵「は、はい」

目をギュっとつむる。

源左衛門「しっかりつむったか?これが見えるか?」

疾風迅雷‥とはこの事かと思うような動きの源左衛門。

伝助「げ、源左衛門、普通でも見えへんてっ!」

源左衛門「ん?‥すまん」

総右衛門「さて、余興はコレまでとして‥用意は万端でごさいまするぞ、若」

伝助「いち!」

総右衛門「弐!」

源左衛門「3!」

『えぇよっ』の合図で恵が目を開けると、父と母がそこに立っていた。

父「恵、メリークリスマス」

母「恵、ハッピークリスマス」

両親の穏やかな笑顔。

いつ以来だろうか…幼い胸がキュンとした。

恵「お父さん!お母さん!」

両親の胸の中に飛び込む恵、抱きとめる父と母。

やさしく見守る伝助たち。

それからまた…楽しいパーティーは続いた。

恵「あ‥雪だ」

ふわふわと真っ白な雪が落ちてきた。

伝助「ほんまや。きれいやなぁ」

暗い夜空から舞い落ちる雪。

恵「わぁ‥」

見上げる恵、雪の結晶が輝く。どこからか静かに流れるオルゴールの音色に彩られ、
ピカピカと‥キラキラと…。

夜空の星が降ってくるように、雪は赤色や緑色、青色に黄色、
白色や黒色に光を放ち落ちてくる。その雪に恵は包まれる。

恵「あったかい‥」

『ほななっ』や『これにてでござりまする』に『さらばっ』とかの声が聞こえた…。
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