付喪堂綴り・1

□第3章・1
1ページ/5ページ

「不可思議萬請負業 付喪堂綴り」第3章
『大切な黄色のカーネーション』

2010年6月

深夜‥6月も半ばを過ぎて、梅雨入りは発表されている。

外は雨‥アスファルトは、妙に懐かしく思える匂いを漂わせながら、濡れている。

雨音が静かに歌うその中を
『うわあぁぁぁぁ!』

まるで冷たい檻に閉じ込められた獣のように
どこからか その叫び声は、夜の街を引き裂いた。


翌日


付喪堂

もうすぐお昼といった時間。

ルナ、メアリーと、餡子、君兵衛は
事務室の掃除の真っ最中。

伝助、ごん&ねん、缶吉は格納庫でマシンのチェック。

珍平は、少なくなっているボルトなどの備品を
伝助に買ってきてと、頼まれて外出中。

ピーノは雨の降る中ご機嫌に、街のパトロールへと出ていた。

総右衛門と淑は、桜花のマネージャーとして出張中で
ずず は相変わらず、セクトウジャ残りの1名『緑茂 翠季』の説得に
手を焼いている様子。

餡子は机の上を、君兵衛は床を
それぞれ乾拭きしていた。

メアリー「にしても、よく降るねぇ‥」

餡子「まっだく だやな。

こげに降ってもまだ、明日も明後日も降るんだど。

洗濯もんが乾かなくって、困っちまうだや」

君兵衛「そうじゃな。

乾燥機で乾かしても、お日様で乾かしたポカポカ感がないっちゅうがわ
あんまし好きになれんちや」

餡子「んだんだ。

袖を通した心地よさが、格段に違うでぇの」

メアリー「なぁに言ってんだい、あたしたち ぬいぐるみは基本
まっぱ(真っ裸)も同然じゃないか」

餡子「あらま、やんだぁ。

そげにストレートに言われたらオラ、恥ずかしくって
街さ歩けなくなるでねぇか」

君兵衛「ははははは。

でも、同じ洗濯をしてもされても
乾かさられるんなら、ポカポカお日様の下で乾くのが
いちばんじゃっちゅうがわ本当じゃ」

メアリー「そんなもんかねぇ」

ルナ「メアリーさんは、お三味や歌、芸事には通じてますけど
家事に関しては‥ですよねぇ。

会長がボヤいてましたよ」

メアリー「そうだねぇ‥炊事、洗濯、掃除、裁縫‥
あんたや淑のように、惚れたお方のために せっせとこなしてる女はいるけどね

あたしは、おマンマ炊いたりチクチク衣を縫って亭主の帰りを待つよりも
惚れたお人が何かと戦ってんなら

ともに刃の下をくぐりたい、果てるときゃあ
いっしょにパッと散りたい‥そういうタチだからねぇ」

餡子「まっだく、お姐さんはいつもカッコいいごと言うなぁ。

けんど、それは家事をゴマかす方便でねぇか?」

嬉しそうにメアリーを見て言う。

メアリー「あはは、餡子。

最近、鋭くなったねぇ。

さすがは淑に料理も裁縫も習ってるだけあるよ。

ぜんぶ、お見通しってかい」

ルナ「もう。

会長がいたら『婦女子の心構えとして、やることはキッチリとやり

もちろん殿方にもやってもらい

しかるべき時は言うことを言わせてもらう‥で、ございますわよ』なんて
お説教が始まってますよ」

メアリー「かも知れないねぇ、フフフフ。

女らしくか‥あたしにゃ縁遠い言葉だろうよ。

あ、そうだ‥女らしくといやぁ

この前 紅がさ

なんだか背中がムズかゆくなること言ってたねぇ」

ルナ「あら、紅さんがですか? なんて言ってたんです?」

餡子「あっ、雨のことでねえか?」

メアリー「そうそう、紅‥アイツが言うにゃあね

『雨は天使の涙』なんだってさ」

ルナ「天使の涙‥」

メアリー「悲しいこと、腹立たしいこと、嬉しいこと

いろんな出来事を 空ん上から見ている天使が
人を癒すためだったり、怒るためだったり、喜んでくれてたり‥

ときには、いっしょに泣いてたり‥

だから雨は降るんだっていうのさ。

ルナ「そうなんですか。

あぁ、それであの日、ピーノが感動した様子で
『雨の日は天国が近くまで来てるんでしゅよ』って

喜んで言ってたんですね。

うん‥私も、紅さんの言うことに賛成かな」

メアリー「あははは、アンタがそういうんなら
間違いないだろう。

なんてたって、天使なんだから」

ニッコリのメアリー。

餡子「んだな‥ピーノも昔、大切な仲間を失っちまって
いっしょにいた ずずも 仲間を大勢亡くしてなぁ。

お姐さんも、そうだっだなや」

メアリー「まぁね‥昔のことを言い出しゃあ、キリがないけどね」

ルナ「別れてしまった仲間に‥友達に、ひょっこり会える気がしたのかも知れないですね」

メアリー「まだ、お子様だからね‥アイツ」

3人は‥というよりも、付喪堂全員がピーノや ずずを、子供や弟のように想っている。

戦いという試練の中にいるものの
それはピーノや ずずにとって
幸せなことなのかも知れない。


都内

降りしきる雨の中を、チャプチャプ水をはねて歩くピーノ。

黄色い傘を差し、黒色のレインコート、真っ赤な長靴姿。

黒色のレインコートは、折れたコウモリ傘の骨を外して
ルナがピーノ用にとレインコートに仕立ててくれた。

いつも、母(持ち主)に縫ってもらった
魔法使いの真っ黒長ローブを着用しているが

さすがに雨の日は着れず、その代わりに
ルナが縫ってくれた。

黄色い傘と真っ赤な長靴は、伝助が捨てられていた物から再利用で
ピーノのサイズに合わせて作ってくれた物。

雨の日は、傘と長靴、レインコートを着て
パトロールや お散歩をするのが、ピーノの楽しみとなっていた。

今日もパトロール‥なのだが、つい先ほどまで紅の実家のケーキ屋『いちごみるく』で
紅が練習に焼いた『エッグタルト』を、ごちそうになっていた。

練習で作ったとはいえ、立派な売り物に出来る出来栄えで
紅のパティシエールとしての腕は、なかなかの物らしい。

普段のオッチョコチョイぶりからは、まったく想像できないのだが。

たらふく ごちそうになって
帰るときには、紅の母親の『茜』から
お土産にマカロンをもらう。

『売れ残ったもので、悪いんだけど』なんて恐縮する茜だったが
ピーノは、それはもう大喜び。

ピーノ「どぅりどぅっどぅん、どぅりどぅりどぅっどん♪」

歴史ある名作映画のテーマ曲を口ずさみながら、
ご機嫌のピーノは、帰り道を歩く。

この曲が流れる名作映画で、恋する気持ちを歌とダンス、タップで表現した
映画史に残る名シーン。

ピーノは傘を閉じて雨の中‥雨粒はレインコートの上で跳ねる。

ピーノ「ふっふーん、ふっふふん、ふふふっふーん、ふっふふん♪」

長いお鼻の鼻歌で、水たまりをピチャピチャ、バシャバシャ。

水しぶきのコーラス、長靴でのタップ。

名作映画よろしく、楽しそうに踊っていた。

しかし‥

『きゃ!』女性の驚く声。

ピーノはハッとなり

『ゴ、ゴメンなしゃいでしゅ』

ついつい夢中になり、どうやら水をはねすぎて
道行く女性にかけてしまったらしい。

年の頃は‥20代半ばといったところ。

色白で、肩も細くて、今にも折れてしまいそうなくらいに儚げな雰囲気の女性。

美しくて長い翠髪は、肩の少し下まで伸びている。

慌てて、ズボンのポケットからハンカチを取り出し
女性のスカートのすそを押さえる。

ピーノ「シミになりましぇんかねぇ‥ゴメンなしゃいでしゅ」

今にも泣き出してしまいそうに、ピーノは力なく呟いた。

女性「いいのよ、気にしないで‥ありがとう」

優しくピーノの頭をなでる女性。

フワ‥とても心地よい匂いが、ピーノの長いお鼻をくすぐった。

ピーノ「くんくん‥お花の香りでしゅ」

女性から香る花の匂い‥雨の街を言葉が、ピーノの口から思わず覗き見た。

にっこりとほほ笑んで『ありがとう』と、女性はまた礼を言う。

ピーノ「ボ、ボク、ピーノっていいましゅ」

頬を赤らめながら名刺を取り出し、女性へ手渡す。

『不可思議萬請負業 付喪堂 ピーノ』と、名刺に書かれていて
付喪堂の電話番号と住所、ホームページのアドレスとは別に

ピーノの愛・伝えまフォン-白の番号やメールアドレスも印刷されていた。

『へぇ‥キミ、名刺持ってるんだぁ。ピーノくん‥ピーノくんって言うのね』

ピーノ「ハイでしゅ」

『これって、ピーノくんもお仕事してるってことでしょ。

すごいなぁ』

ピーノ「デュフフフフ‥まだ入ったばっかりの新人しゃんなんでしゅけどね」

照れてはいるが、まんざらでもない様子。

ピーノ「それで でしゅね、付喪堂は
ピーノのおにいしゃんが代表取締役なんでしゅよ」

『へぇ‥お兄さんが社長さんなんだ‥すごぉい。

でも‥この不可思議萬請負業って‥なに?』

ピーノ「困ってる みんなのお手伝いをするんでしゅ」

『え‥ね、それホント?』

ピーノ「ホントでしゅよ♪

でも、困ってるみんなって‥不思議な存在や出来事のご相談に
なんでも乗るお仕事なんでんでしゅ」

『え?』

ピーノ「ユーレイとか、妖怪とか‥あと、人魚でしょUFOもでしゅし
付喪神もでしゅね。

不思議なことで困っている、みんなのために付喪堂は働くでしゅ」

すると、女性は少し表情を曇らせて

『そうなんだ‥』

ピーノ「どーしたでしゅか?」

『うん‥付喪堂かぁ。

そんなお仕事があるなんて知らなかったけど
私がお願いしたいことは‥無理みたいね』

ピーノ「おねーしゃん、困ってるんでしゅか?」

『ええ‥でもね、私がじゃなくて、私のお父さんのことなの』

ピーノ「おねーしゃんの、おとうしゃんのことでしゅか‥なんでしゅ?」

『ううん、いいの。だって付喪堂は、不思議なことのためにあるんだからね』

ピーノ「なに遠慮してるんでしゅかぁ♪

付喪堂は、おねーしゃんやおとーしゃんたち人間しゃんから
全国の付喪神しゃん、ユーレイしゃん、妖怪しゃん、宇宙人しゃんたちの
困ったことのお手伝いをするお仕事なんでしゅよ。

だから、おねーしゃんのおとーしゃんのことも
付喪堂はご相談に乗りますでしゅ」

『ほんと!? よかったぁ』

女性はホッとしたのか、今にも泣き出しそうだった。

ピーノ「わわわ、おねーしゃん泣かないで でしゅ」

涙に誘われるように、雨脚も強くなってきた。

ピーノ「おねーしゃん、付喪堂へご案内しましゅです」

『あ‥ピーノくん、ゴメン。

私ね、今から行かなくちゃいけないところがあって‥
どうしても、行かなきゃいけないところなの。

明日、改めて話を聞いてくれるかな?』

ピーノ「それでもいいでしゅけど‥」

『ホント? よかったぁ。

それにね、せっかくこうして会えたんだし
私のお父さんのことは、ぜひぜひピーノくんにお願いしたいの‥

ピーノくん、とっても優しそうだし 頼りになりそうだし
きっと お父さんのことを助けてくれるんじゃないかなって』

ピーノ「デュフフフフ、やしゃしいって‥頼りになるって‥フェフェフェフェ」

顔が真っ赤な照れ笑い。

『じゃあ‥明日、ピーノくんに電話かけるね。

よろしくお願いします』頭を下げる女性。

ピーノ「はいでしゅ♪お電話、待ってましゅよ」

『うん。

じゃあ、また明日』女性は嬉しそうに返事をすると、雨が降る街の中へと帰っていく。

去っていく女性をいつまでも見送り

ピーノ「いい匂いのする、おねーしゃんでしゅ♪」

そうウットリしながら言うと、また名画の中に流れていた歌を鼻歌に
水たまりをピチャピチャ跳ねさせながら、スキップ。

ごちそうになったエッグタルト

お土産にもらったマカロン

甘い甘い、匂いとは別の‥

花のような甘くて優しい香りに包まれながら

ピーノは‥どぅりどぅっどぅん、どぅりどぅりどぅっどん♪

ふっふーん、ふっふふん、ふふふっふーん、ふっふふん♪

雨音のコーラスをバックに、長いお鼻の鼻歌を跳ねさせながら
付喪堂へと帰っていった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ