付喪堂綴り・1

□第3章・3
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陸橋下

恒彦が発した言葉‥『だったのに』

ピーノの目を丸くさせ、心をギュッと掴むものだった。

『ましゃか‥』嫌な不安が心で暴れる。

香織の笑顔、雨粒のようにキラキラ光る声‥

ピーノ「か、香織しゃんは‥」

恒彦「香織は‥1年前‥」


あの日も雨が降っていた。

仕事の疲れのせいか、このところなんだかイライラしてしまい
帰宅した時、酒を飲んでいた自分に『飲みすぎはダメよ』と
気遣ってくれた娘へ、おもわず『うるさい』と怒鳴ってしまった。

気まずい空気のまま夜が明けて、結局
香織の目もろくに見れず、作ってくれた朝食にも手を付けられず
口も利かないままに家を出て‥

夕方、香織が街中で倒れ

病院へ運ばれたとの知らせを恒彦は聞く。

かなり深刻な脳の病気で、すでに末期。

ここまで進行しているということは、自覚症状もあったはずで
かなりの痛みもあっただろうと‥その時、最近よく頭痛薬を飲んでいた娘の姿を思い出す。

おそらく、仕事で頭を痛めている父を支えるために
ムリを承知で我慢を重ね

耐えきれない痛みにも耐えて、家事をこなしていたんだろうと
恒彦は激しく後悔した。

『すまない‥すまない、香織』

涙を流し、詫びる父親へ

医師は沈痛な面持ちで『意識不明のまま、最期まで目は覚めないだろう』と、通告した。

ただ眠っているだけのような香織‥だが、別れは目前にまで迫っていた。

『すまない‥家のことを全部押し付けて、まだ24だっていうのに家に縛り付けて‥

遊びもなにもしないまま、家事だけする毎日だったのに‥

香織には、幸せになってほしかったのに
まさか‥まさか‥お前がこんな姿になってしまうなんて‥思ってもみなかった。

しかも私じゃなく、お前が逝ってしまうなんて‥そんなことって‥』

黙って堪えた生涯の、苦しさをぶつけるように

目が覚めないままの別れを宣告されても

恒彦「自業自得‥だよな」

泣き崩れた恒彦の時間も、そこで止まったままだった。

以来、酒浸りの毎日で
日課といえば、供える花を買うことだけ。

会社を早期退職し、退職金で花を買い、酒を飲み‥荒れた生活を送っている。

ピーノ「だったら‥だったらなんで、香織しゃんは
お父しゃんのところへ、戻ってきたんでしゅか!?」

恒彦「香織は‥いつも私の傍にいてくれた。

いつも微笑んで、私の帰りを家で待っていてくれる‥

そう、私が家の中に縛り付けたままだったから
今も家の中に縛り付けられているんだ。

だから‥私を迎えに来てくれたんだろう‥生きる意味を見失った私を哀れに思って
迎えに来てくれたんだよ、あの子は‥」

ピーノ「しょんなことって‥」

恒彦の言葉を、信じられないピーノ。

『ほんとうのことよ!』

怒鳴り声が聞こえたかと思うと、振り返るピーノを突き飛ばして
髪を逆立てた‥かおりが飛びこんでくる。

ピーノ「アイタタタタ‥ か、香織しゃん!!」

お尻を強く打ちつけながら、香織の名を叫ぶ。

それが『香織』でなく『かおり』だということを、まだピーノは知らない。

かおり「邪魔するな! ソイツは私が連れて行く!」

父親へ向けられる憎悪の瞳。

ピーノは、以前の自分を思い出す‥

ピーノ「ダメでしゅ‥誰かを恨んでも、いいことなんて ひとつもないでしゅ。

まして、おとーしゃん‥おかーしゃん‥たいしぇつな(大切な)人なんでしゅから」

かおり「その大切な人が私を縛り、苦しめる!」

ピーノ「しょれは‥しょれは‥」

言葉が見つからず、狼狽えるピーノ。

その隙を逃さず、かおりはピーノを攻撃した。

蹴られ、倒れ込む。

伏せたピーノは気づかない‥振り下ろされようとした、かおりの鋭い爪は
人参型の手裏剣によってすべて折られたのを。

かおり「あぁぁ! ま、また邪魔をぉぉぉ」

あとずさり、辺りを探って睨む かおり。

すると‥愛・伝えまフォン-白が鳴り、声が聞こえた。

『狼狽えるな! 誰かを救おう決意したなら、迷わず、狼狽えず
自分自身をぶつけろ!!』

それは、源左衛門の力強い言葉。

ピーノ「源左衛門しゃん!」

『せや! おもいやり、真心‥自分の中の光っちゅーのんを
助けたい相手にぶつけるんや‥相手の心の暗闇を照らしてやるんや!

輝きと温もり‥太陽の子になるんや!』

伝助の言葉が背中を押す。

ピーノ「おにいしゃん!」

恒彦「もういい! 香織、もう苦しまなくてもいい‥お父さんが悪かった‥許してくれ。

お前が迎えに来てくれたなら、お父さん どこだって行くよ‥

それがお前の望みなら、お父さんは‥」

ピーノの中に、香織の想いが流れ込む。

『ピーノくん、お願い‥お父さんを助けて!』

ピーノ「うにゅにゅにゅにゅにゅ!」

歯を食いしばり、立ち上がる。

ピーノ「違う‥あなたは香織しゃんじゃない!

あなたは‥あなたは‥」

かおりは、ピーノを消してしまおうと襲い掛かった。

ピーノ「あなたは、おとうしゃんが作り出した影でしゅ!!!」

魔法杖・どんまいんを魔法剣・ないすーんに変え、ピーノは かおりの残る爪を叩き折る。

ピーノ「ぽぴろろ☆」

魔法は、暴れる かおりの動きを封じた。

恒彦「や、やめろ!」

恒彦は、縛られた かおりをかばい、ピーノの前に立つ。

恒彦「香織に酷いことをしないでくれ!」

ピーノ「それが本当の香織しゃんでしゅか!?」

恒彦「私の娘だ! 私が散々、家に縛り付けて
何の楽しみも経験させないまま、苦しみ抜いた愛しい娘‥この命で償えるなら
私は‥私は!!」

ピーノ「しょれが、香織しゃんの望むことだと
どーしてわかるんでしゅ!」

恒彦「私の娘だから!‥大事に育てて、なによりも大切だった娘だから‥」

ピーノ「おとーしゃん、しょゅれは(それは) あなたが生み出した幻の香織しゃんでしゅ!

おとーしゃん自身といってもいい‥あなたの心が、生み出した亡霊でしゅ!

ピーノが聞いてるのは、本物の香織しゃんのことなんでしゅ」

恒彦「だから香織は!‥‥もう、この世にはいない。

家に縛られたまま‥香織は‥」

ピーノ「なに言ってるんでしゅか!

香織しゃんは おとーしゃんを心配して、ボクに助けてほしいとお願いしました。

ボクは、そんな香織しゃんの お願い事を叶えたくて

ここまでやってきたんでしゅ!

えっと‥えーと‥うにゅにゅにゅにゅ」

また、言葉が見つからない。

『神は愛です。

愛のうちにいる者は神のうちにおり、

神もその人のうちにおられます』

ルナの声が聞こえた。

ピーノ「だ‥だ、そーでしゅ!」


物陰に隠れ、事態を見守っていた伝助たち‥

その後ろには先程、源左衛門によって助け出された香織の姿もあった。

香織「ピーノくん‥お父さん‥」

メアリー「なにが『だ、そーでしゅ』だよ、アイツっ」

ルナ「ピーノにはまだ、難しすぎましたかね‥」

源左衛門「『愛する者たち。

私たちは、互いに愛し合いましょう。

愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、ここに愛があるのです。

愛する者たち。

神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、

私たちもまた互いに愛し合うべきです。』か。

愛を知る者が、愛する者の不幸を望むわけはなく、
ただただ、幸多かれと願うのが愛なのだ。

さすれば、己を責める幻は自らが作り出した幻影。

自身で自身を責める心が生み出した影」

伝助「生心力の影響‥オトンの心の生心力が影響して
あの鬼になった娘はんを生み出してもぉたんや」

メアリー「むしろ、死心力に近いけどね‥オヤジがテメェを責める心

手に作り出した娘の心と思い込み‥鬼が生まれちまったってぇワケだね」

ルナ「ならば、その鬼を静めれるのは あの人自身。

愛する者の写し鏡が苦しむさまを、救ってあげられるのは自分自身です」

伝助「ピーノ‥もうひと踏ん張りや!」


ピーノ「大切な娘しゃんだと言うのなら、娘しゃんの‥香織しゃんの声を
ちゃんと聞いてくだしゃい!」

恒彦「私は‥私は‥」

ピーノの身体に力がみなぎる‥


伝助「アイツ、魔法力が高まっとる!」

ルナ「本当の力‥いつもは抑えられている力」

源左衛門「幼さゆえに弱い心‥だが!」

メアリー「ピーノ、ガツンとやっちまいな!」


ピーノ「神々しき炎、大空の覇者。

昇る太陽は己を示し、淀む月を切り裂いていく。

出でよ、ガルーダ!」

炎に包まれた巨大な鷲が、空を割って現れる。

その炎は恒彦の心の闇を振り払い、真実の心を助け出す‥


伝助「出た!」

ピーノの、いまだ眠る真の力が発揮された。

:源左衛門「神の鳥‥炎の鳥、ガルーダか」


辺りを真紅に染めて、降り注ぐ雨を一瞬にして蒸発させていくガルーダ。

その炎は、影である『かおり』を照らす。

かおり「ぎゃあぁぁぁ」

苦悶の叫び‥しかし、ピーノはそっと手を差し伸べた。

ピーノ「もういいんでしゅ。

苦しまなくたっていい、傷つかなくってもいい。

あなたは、幸せにならなくてはダメなんでしゅ。

それが、香織しゃんから あなたへの、最後のお願いなんでしゅから」

『かおり』の顔に『恒彦』の顔が重なり、
優しい言葉は影を光の中へと招く。

炎は温かく影を包む‥恒彦の心が生み出した幻が、今、浄化されていった。

恒彦「香織‥香織ぃぃぃ!」

ピーノ「違う! アレは あなたが生み出した影。

香織しゃんは‥もっともっと、強くて しゅてきな(素敵な)おねーしゃんでしゅ!」


香織「ピーノくん‥ありがとう‥」

父を救ってくれたピーノへ、感謝の涙を流している。

伝助「さぁ、お父はんのところへ、行きなはれ。

香織はん、おまはんの願いを叶えるために
ピーノは頑張ったんどす。

そんなアイツのために‥ちゃんとサヨナラしてやってほしい。

空に帰る香織はんと、ちゃんと サヨナラでけへんと
ピーノも寂しがりまっさかいに。

よろしゅう、頼んます」

ベコッと、伝助は頭を下げる。

メアリー「あたしからも頼むよ。

しっかりと、サヨナラしてやってくれないかい」

源左衛門「俺からもだ」

ルナ「私からも、お願いします」

香織「ピーノくんと‥ええ、わかっています‥みなさん」

伝助たちへ、香織は深々と頭を下げた。
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