付喪堂綴り・1

□第4章・1
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「不可思議萬請負業 付喪堂綴り」第4章

『ぐっぱい、ヒーロー』


2010年8月末日


早朝。

『えっほえっほ』『しゅしゅっ、しゅっしゅっ』

ランニングに励んでいるの、ビーノとずず。

ずずは軽快にランニング。

ピーノはシャドーボクシングをまじえながらのランニング。

『SSD』『国守軍』国が持った軍隊は、その正義がいつ暴走するかも知れず‥

いや、すでに暴走しているのかもしれないが
圧倒的な国民の支持を得て、あっという間に隆盛を極めた感がある。

長期の不況‥ボロボロの経済では産業も立ち行かず
人材流出は増えるばかり。

人が流れれば、あっという間に技術も流れて
産業は深く深く、廃れていく‥さらには環境破壊の影響か

農業は壊滅的な打撃を受けて、漁業も乱獲が祟ってか近年は不漁続き。

それでも、政治はそんな現状とは無関係に
無策のまま借金をし続け、国民に負担ばかりを押し付け

政治としての責任を取らず、果たさぬまま
パフォーマンスばかりに躍起になっている。

そんな状況は、誰をも頭痛持ちにしてしまい

政治のパフォーマンスに一喜一憂と、不平不満が募る。

そう‥国民は、何に対しても過敏・過剰に反応し
やがて誹謗中傷と形を変えて

痛みの苛立ちを他の者にぶつけるように『批判』を装った
ただのストレス発散の手段へと堕ちる。

成功を続ける他国への僻みに妬み、社会的弱者にも矛先はむけられて

生活保護やホームレス、ワーキングプアに陥る人々の貧困層

身体的に或いは知的の障害を抱える人火度、心の病を抱える人々、

『社会的弱者』を叩くことで、自分たちの苛立ちを紛らわせる卑怯は
甘き毒と知りつつ、やめられない。

毒は蔓延して、排外主義へ感染。

他への不平不満は当然。

他はどうでもいい、どうなってもいいから自分だけを優遇してほしい‥

荒れた社会は、自己中心的な考えと過ぎた欲望を招き入れ
『想い』『心』は置き去りにされている。

想いや心を置いてきたものたちには『悪意』だけが残り
命を傷つけて荒れ狂う。

そんな悪意に戦いを挑んでいるのが

霊皇セイオウジャ

彩心セクトウジャ

そして‥付喪堂

伝助たちは、暮らしの拠点であり守りの要であった『付喪堂』の封鎖を
SSDによって余儀なくされて、今は霊皇の宿に出戻っている。

それでも、悪意が蔓延る世界を変えるべく、けっして明るさと元気を失わずに
『陽気にパッと元気にっ』をモットーに、前進していた。

そんな付喪堂の期待の大型新人である

ピーノ

ずず

彼らは、なにかと忙しい伝助たちに変わって
街を見守るパトロールと、慕う兄たちに負けないような強さにたどり着くべく
トレーニングを兼ねてランニング中。

SSDのこともあるが、時を同じくして現れたもう1方の存在‥

堕天使・蝕の手によって出現した、紫色の亡霊 ゴースト・ピオレータと
エクリプスの配下の『レギオン』。

その出現によって、人間世界の魂力や生心力が大きく揺らぎ、
社会に影響が出ないとも限らない。

それを注意しながら、確かめるべくパトロールだ。

伝助と缶吉、ごんとねんは なにやら開発やマシンのメンテに忙しく
その手伝いのために、ルナ、源左衛門、珍平、餡子、君兵衛も多忙。

街の警戒の一端は、総右衛門淑が霊皇の宿内の管理システムを使って務め、
メアリーは気ままに三味を弾いては、都々逸を歌っている。

なので‥ピーノとずずは、そんな忙しくなった伝助たちの代わりに
今こそ自分たちが頑張るときと
強くなるための特訓やパトロール、

その他様々な用事を率先してこなそうと張り切っていた。

2人の気持ちを嬉しく、頼もしく感じる伝助は
迷うことなく、パトロールを全任。

やる気の2人は、見回りをしながら鍛えていた。

某ボクシング・サクセスストーリー映画の有名曲を脳内に流しながら
えっほえっほとランニングし、

ご近所さん付き合いの深い、お肉屋さんの冷凍庫に入れてもらって
吊された肉をサンドバッグ代わりにペチペチ叩き、

さらにご近所さんの独り暮らしのおばあちゃんの家に寄って
干した大根もサンドバック代わり‥ついでにお茶を頂いて、談笑もして

片手腕立て

腹筋

縄跳び

さらにさらに、土手へ行って

ピーノ「あめんぼ あかいな あいうえお」

続けて『東京特許許可局』『新人新春シャンソンショー』と、発音・発声練習。

ずずも負けじと『バスガス爆発』と言おうとしたが
舌を噛んでしまい

ずず「バス大爆発!」

ピーノ「OH! A―――HA HA HA HA HA!」

両手をカクンと倒して、めっちゃアメリカンなリアクション。

なおもランニングは続き

神社へ通じる長い階段‥上りきれば、街全体が見渡せる。

その長い石段をダッシュで上りきると‥

ピーノは振り返って、街を見下ろし大きな声で、ひとこと叫ぶ

ピーノ「エイリアーン!!!」

ずず「ど、どこにいるんでぇ!」

まさかピーノが言い間違えているとは知らず
愛・伝えまフォン-水の写メ機能を起動してキョロキョロしている、ずず。

ガサ‥ガサガサ‥

葉擦れの音が聞こえて、境内横の茂みが妖しく揺れていた。

ピーノ「ん? なんでしょうねぇ」

ずず「エ、エイリアンだろっ」

おそるおそる近づいてみると‥ヌッと立ち上がった不気味な謎の影。

シュー‥シュー‥妙な息遣いと、緑色の液体にまみれたその姿は

ずず「出たぁぁぁ」

幽霊は平気だが、異星人となるとチョット苦手な ずず。

ピーノ「なんでしゅとぉぉぉ!!!」

ムンクの叫びポーズで、驚いた。

『シュー‥シュー‥たす‥けて‥』

ポツリと助けを求める声を落として、影はその場にバッタリ倒れた‥。


霊皇の宿

福福の屋上で、メアリーはノンビリと三味を爪弾く。

メアリー「可愛いお方に謎かけられて、解かざぁなるまい、しゅすの帯」

調子も良く、艶っぽい声は青空に溶け込んでいく。

メアリー「なんだか、久しぶりって感じだねぇ。

付喪堂とは、また違った雰囲気だよ」

福福には、付喪堂へ引っ越したあとも定期的に訪れているし
何度も集まっては食事会だパーティーだと楽しんでいる。

でも‥懐かしく、妙に落ち着くメアリーの気持ちは
流れ流れて辿りついたこの福福が、久しぶりの安堵をもたらして

最愛の夫・源左衛門と所帯を持った初めての場所‥

いわば、メアリーにとって出発点であって、

実家のようなものだからなのかも知れない。

目に映るのは源左衛門の小さな屋上農園で、今は休ませているとはいえ
時折訪れては手入れをしている様子。

メアリー「それに、心も草むしりなんかしてくれてるからね♪」

ニコニコ笑って、もうひと弾き‥しようとしたとき

メアリー「ん?」

何かに気付いて、三味線を手に移動する。


霊皇の宿

皆がまだバタバタしている。

メアリーはそっと三味線をケースにしまって、制御室へと入っていった。

淑「あら、メアリーさん」

総右衛門「ん? どうかされた」

メアリー「いやね、ちょっと野暮用さね」

そう言って、缶吉が設置した簡易型のポストをゴソゴソ‥

メアリー「邪魔ぁしたね」

淑の『あら、もう用事はお済?』の声に

振り返らないまま返事をし、外へと出ていく。


福福

店内では、仁や愛理、インガがランチ時間なもので大忙し。

背中にミライを背負ったジャシンも厨房で洗い物をしている。

そんな店内を抜けて、玄関外へ‥暖簾の下で、手にしていた物を広げるメアリー。

手紙‥それも、木の葉の手紙。

制御室に設置されていたのは、簡易の付喪ポスト・受け取り専用。

全国の付喪神やら幽霊、妖怪、動物・植物たちはもちろん

その反対に付喪神や妖怪、幽霊によって困った状況にいる人間たちも
助けがいるときは、街中いたるところに設置されているこの『付喪ポスト』に
手紙を投函すればいい。

切手は不要。

まあ、付喪堂の公式ホームページにある問い合わせフォームに書き込むか

メールを送る、もしくはブログのコメント欄に書きこめば

すぐさま解決のために付喪堂は駆け付けてくれる。

それが『不可思議萬請負業 付喪堂』だ。

メアリー「どんなに自分たちが困った状況でも、
助けを求めるヤツは放っておけないのが伝助でね‥

かといって、ムリはさせたくないのさね。

どれ、アタシが代わりに出向いてやろうじゃないか」

『ふふーん‥』と、都々逸を口ずさみながら
メアリーは歩き始めた。

手にしている手紙の文面‥肉球跡が何列も押されていた。


神社・境内

ずずは近くの川で洗濯を済ませ、パンパンとシワを伸ばして木の枝にかける。

たき火の周りに枝を突き刺し、服を乾かしていた。

その間‥ピーノは魔法で、葉っぱを集めて洋服に変化させ
緑色の液体に浸っていた謎の影に着せていた。

その影は‥人間の少年。

彼の名は『長谷川 巧』11歳、小学校5年生。

巧は、一部のクラスメートにイジメられていて

緑の液体はペンキ。

『イタズラ』にしては度が過ぎているもので、緑色のペンキをかけられて

ピーノ「しょれで、呼吸音がシューシューいってたんでしゅね」

肩からかけているMyボトルの水筒から、ミルクティーをカップに注いで
巧へ手渡す。

巧「ありがとうございます‥」

元気なく、カップを受け取りミルクティーをひと口飲む。

ピーノ「美味しいでしょ♪ピーノが自分で淹れたんでしゅよ。

しゅごく甘めに作ってるでしゅ♪」

巧に少し、笑顔が戻る。

ピーノ「辛い時や、悲しいとき、苦しいとき、元気が減っちゃったときは
甘い物を取るんでしゅ。

甘ーい物は、元気をくれるんでしゅよ。

紅しゃんが言ってたでしゅ」

巧「紅?」

ピーノ「ピーノのおともだちでしゅ。

ケーキ屋しゃんをしてるでしゅ」

ずず「おーい、もうちっとで乾くからな」

巧「ありがとう」

ずず「それにしても、ひでぇことしやがるもんだ。

近頃のガキゃあ、やることが酷くって仕方ねぇぜ」

ピーノ「巧くん、なんでイジメられてるでしゅか?」

巧の口は重たく‥

ずず「まぁな、言いたくねぇこともあんだろうから、ムリして言うこともねぇやな」

このあたりは、翠季をセクトウジャへ導いた成長具合と言ったところだろうか。

ピーノ「イジメって卑怯でしゅよね。

この前もでしゅね、イジメられてる人とお会いしてでしゅね

イロイロ大変なことがあったんでしゅよ‥7月のことでしゅた」

ずず「そうそう。

オイラのともだちにも、イジメを受けてたヤツがいるんぜ。

でもな、ソイツも7月に会ったヤツも、強い人間だったぜ」

ピーノ「そうなんでしゅ。

イジメられてる人が弱いんじゃなくて、イジメをしてる人ほど弱虫なんでしゅよ。

弱いから、人をイジメて強いと誤魔化そうとしゅるんでしゅ」

巧「僕は弱虫じゃない‥のかな‥」

ピーノ「そうでしゅ! 巧くんは、イジメって暴力をたった1人で受けて
弱虫しゃんたちとたった1人で戦っている、強ーい人だと思いましゅよ」

巧「そんな‥そんなことないよ!

僕は‥僕は‥僕は!」

木の葉の衣をまとったまま、巧は走り出して‥

ピーノ「巧くんっ」

ずず「お、おい! 服はどーするんでぇ!!」

止めたが、そのまま去ってしまう。

ずず「まいったなぁ‥どうするか‥」

ピーノ「ボク、悪い事言ってしまったんじゃないでしゅかね‥」

心配げな表情を見せていた。
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